2006年11月30日

師の存在

『徳はあるが師を持たない孤独の霊魂は、ただ一個で捨てて置かれた燃え炭にも似ている。強く燃えていくよりは、むしろ冷えているだろう。』
(十字架の聖ヨハネの言葉より)


師と呼べる方の存在があるということは、ほんとうに幸せなことだと思う。いつになってもそこまでは到達できないかも知れないけれど、それでも目標はある。そして、何よりも傲慢にならずに自分を省みることが出来る。そして、一人だけの我流では狭い世界のままだけれど、師がいることによって世界は拡がるのだ。

私はまた、優れた人々との出会いが愉しい。それは、よいことをたくさん吸収できるから。他者の優れた面を見させていただくことによって、自分の小ささを嫌というほど実感させられるが、それでも頑張れば少しは近づくことが出来るかも知れないという希望の方が嬉しいことなのだ。
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コンドルは飛んで行く

今日は朝から、なぜか「コンドルは飛んで行く」の曲が私の頭のなかを駆け巡っていた。ずっとハミングすることさえなかったのに何故だろうかと不思議に思っていた。

すると、テレビでは今日は秋篠宮殿下の誕生日だと報じている。そのなかで、九月にお生まれになった悠仁様がとても穏やかな表情になるときがあり、それは秋篠宮殿下が「コンドルは飛んで行く」という曲をギターで弾き語りをされているときのことだという。

あまりの偶然。何かあるのだろうか。今しがた、その曲について調べてみた。サイモン&ガーファンクルが有名であるが、この曲はもともとペルー民謡であり、そのルーツはインカ帝国の子孫であるアンデス高原に住むインディオたちによって歌われていたという。


1.大空に今日もまたはばたく
  一羽のコンドルが(アー)
  どこからかあらわれて
  アンデスの山あいを
  飛んでいます(アー)
  ※太陽の栄える国 豊かなこの地に
   宝をもとめて 白人が攻めてきました(アーアー)

2.殺された王は灰の中から
  コンドルに蘇えりました(アー)
  空高くコンドルは
  国を守るでしょう いつまでも(アー)
  ※(くりかえし)

  飛べ飛べコンドル 飛べよ
  果てしない空を
  アンデスの山に
  影を落として
  裏切られたインカの
  笛の音かなし
  自由のため死ねと
  パチャママの教え(アーアーアー)


また、今日は朝から体調が悪い。というか、彷徨う霊たちが押し寄せて来ているときの症状。今は、少しましになったが。

具合が悪いので、子どもに霊界物語を少しだけ読んでもらった。初めてのことであるが、ちょっと面白い感覚。胸のうちで反響する感じ。そして、それが首から頭へと拡がっていく。きっと、死者たちにもこんな感じで反響しているのだろうか。

また、ちょうど高姫の台詞の多いところであったが、語尾をはっきりと無邪気に読むものだから、なんか高姫が愛らしく思えてきた。根からの悪人というものはいないのだろう。今後、読み進める上でプラスの展開となったようである。
posted by ミューシャ at 20:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 呟き | 更新情報をチェックする