(十字架の聖ヨハネの言葉より)
師と呼べる方の存在があるということは、ほんとうに幸せなことだと思う。いつになってもそこまでは到達できないかも知れないけれど、それでも目標はある。そして、何よりも傲慢にならずに自分を省みることが出来る。そして、一人だけの我流では狭い世界のままだけれど、師がいることによって世界は拡がるのだ。
私はまた、優れた人々との出会いが愉しい。それは、よいことをたくさん吸収できるから。他者の優れた面を見させていただくことによって、自分の小ささを嫌というほど実感させられるが、それでも頑張れば少しは近づくことが出来るかも知れないという希望の方が嬉しいことなのだ。

