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すなわち、われわれはプラトンの真意を、こう言うことができるであろう。
―――「徳は知である」というソクラテスの教は真実である。真の知であるような徳こそが、唯一のほんとうの徳である。そしてそのような徳であってこそはじめて、ほんとうの意味で他に教えることのできるものである。しかし現実には、そのような真の徳=知をそなえた人は、これまで存在しなかった―――
おそらくソクラテスその人をのぞいては。したがってまた、有徳の士といわれる政治家たちも、徳の教師を名のるソフィストたちも、ほんとうの意味で徳を教えることはできなかった。
けれども、ソクラテスの説いた教えは、それが真実である以上、あくまでその実現に向かって努力されなければならない。それが哲学の指示する道である。
ポリスという場における具体的な課題としていえば、他人にもほんとうの意味で自らの能力を授けることの出来るような政治家、すなわち、真の知としての徳を確実にそなえた政治家こそが、育成されなければならない。換言すれば、必要なのは、哲人政治家の教育なのである・・・・・
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普通に暮らし、普通の人として生きている人々。しかし、そんな状態でも、生きてきた環境や交友関係によって、価値観というものが大きく違うこともあるのである。それが、教育機関であってもである。
もうすぐ導入される裁判員制度。もし、裁判員に選ばれたら、きっと、多くの価値観に出会うことだろう。そして、その中で求められるのは、高い精神性と人としてのあり方なのだ。裁く側こそが求められるもの。
他者の立場に立って物事を見て考える。それから再び客観的に総括して答えを出して行かなければならない。
また、こういうことは大人になっていきなり出来るものでもなく、子どもの頃からの積み重ね。
やがて、子どもが裁判員の対象となったとき、いつでもきちんと対応できるように育てていかなければならないのだ。
「徳は知である(教えられるもの)」
子ども達に教えられる知があるであろうか? 真の知を得るには、多くの様々な価値観を知らなければならない。そして、それは積み重ねなのだ。

