2008年06月17日

無意識の反復

ルドルフ・シュタイナーは、次のように述べている。


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繊細な感受性を持っていると、他人が美しく語るのを聞くのは、とても心地よいものです。

しかし他人が、鶏が鳴くように話したり、豚がブーブー鳴くように話したりするのを聞くのは、心地よいものではありません。なにを話しているのか理解したとしても、心地よいものではありません。だれかが鳥のようにカーカー話したり、豚のようにブーブー話したりするのを聞くのは不快なことです。とくに、かすれた声だと、その人の話しを聞くのは胸が締めつけられるような重苦しい感じがします。

人の話を聞くときにそのように感じるのは、どうしてなのでしょうか。

その原因は、私たちは他人が語るのを、いつも微妙な方法で真似して、くりかえしているからなのです。

人の話しを聞くというのは、ただ聞くのではありません。口に出さずに、相手が語っていることを真似して語っているのです。わたしたちは相手が話すことを、ただ聞くのではありません。わたしたちの音声器官のなかで、わたしたちもその人の真似をして語っているのです。

わたしたちはいつも真似するのです。人が話しているのを聞くと、その人が語ることを、わたしたちは内的に真似します。

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シュタイナーの指摘があって自分を振り返ってみると、確かに常時真似をしている。反復しているのだ。

時々、耳障りな話し方に出会うと、やはり不快になる。胸がもやもやしてくる。無意識のうちに真似をすることによって、それがあたかも自分が発しているかのようなものとなるからだろう。疑似体験。まさに、それかも知れない。

反対に美しい話し方に出会ったときは心地よくなる。気分が高揚する。清々しくなる。私は個人的に、美智子皇后の声と話し方が好きだ。まあ、私はただの民間人なので、あのようなゆったりとした話し方は出来ないが、本当に美しいと感じる。

もしかしたら、世の中のメディアが美しい話し方で埋め尽くされたなら、それに伴って人間達の言動も美しくなるのかも知れない。

だから、まず、自分の心を美しくすることから始めたい。
posted by ミューシャ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間 | 更新情報をチェックする
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