謙遜とは、最高の美徳であり、最高の芸術である。
人間はややもすると、すぐに「欲望」に屈してしまう。偉ぶった態度や横柄な態度は簡単に誰もが出来るが、自然に身についた謙遜は誰にでも出来るものではない。
遜るという行為は謙遜ではなく、遠慮深いというのも本当の謙遜というものではない。
なぜなら、それは単に見せかけの行為であり、そこには何らかの下心―自分の欲求が働いているからである。
また、自分に与えられた特権を利用することから生じる態度や、自分だけはとか自分さえよければという気持ちから出ている態度は、あまりにも醜悪で下品な印象を与える。まるで、欲望に駆られた野獣のよう。
それに比べ、自然な謙遜の中に居る人は、とても上品ですっとした品格を備えている。
最近、こんなことがあった。長距離バスが終点について、私は降りて駅の方へと向って歩いていた。
すると、後ろから若い女性が走って追いかけてきたのである。彼女が手に持っていたのは、座席に忘れてきた私のショールであった。
その時、ふと、私は恥ずかしさを覚えた。それはショールを忘れたことに対してではなく、その女性の目がとてもきれいに澄んだ真っ直ぐな目であったからである。
何もアクセサリーで身を飾ることもなく、質素で清潔な服装をしていた。そんな時、宝石をつけている自分が醜いもののように感じたのである。
2008年08月26日
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