人の和が拡がって行く。どんどん、どんどん。予期せぬところでも。
子どもの友達の母親に、とても恐い人がいるということを聞いていた。母子家庭であるが、いつもカリカリしていて怒ってばかりなので、その子は、なるべく友人達の母親とは合わせないようにしているという。そう、とにかく恐いらしい。
が、どうしたことか、今日の模擬テストのための会場へ車で送り迎えをしてくれて、しかもお昼までご馳走してくれたというのだ。
子どもは出かける時、「あのお母さん、挨拶しても返事をしてくれないし、いつも怒っている顔をしているし、メッチャ恐いから気が重いなー」と言って出かけた。
が、帰って来たときは、「なんか、今日はめちゃくちゃご機嫌だったみたい。回転寿司で驕ってくれたのだけど、遠慮して少しにしていたら、もっと食べろ食べろって言ってくれるし、帰りは家の前まで送ってくれた。」と。
私は、お礼の電話をかけた。
すると、「いつも娘がお世話になって、いろいろしていただいているみたいなので、今日はチャンスだと思って少しだけれどさせてもらいました。」とのこと。
その話し方、声の調子から、一人でほんとうに頑張っているんだな、頑張りすぎているんだな、と思った。他者に甘えるのではなく、依存する気もなく、とにかく一人だけで頑張らねばという思い。
人は助け合うもの。助け合って当然のこと。
ただ、今年になって聞いた。それは、この町の人々は片親だけの家庭には冷たい人が多いということ。そういう家庭の子とは付き合うなと言う親が多いらしい。
それを聞いたとき、私は唖然とした。そんな馬鹿な、嘘でしょうと。でも、私の子どもたちの友人関係を見たとき、悲しいことに頷けるものがあった。
私は、境遇によって分け隔てをした付き合い方など教えてはいなかったし、そんなことは思いもよらなかった。だから、子ども達は誰とでも気が合えば付き合っていた。
そして、母子家庭の子どもの親の殆どは気を使うのだろうか、何かにつけてわが子にいろいろとしてくれようとしていたのだ。
なんと、酷い町だろうか。平均的な人間達にとって良い状態になってきたとしても、誰かを蔑んで、弱者を虐めて喜んでいるとは、決して許すことは出来ない。
人は皆平等。人間としての優劣などたかが人間につけられる訳がない。
だから、私は殊更そういう人々に礼節ある態度を取りたいと思う。人として認めること。人間の尊厳を大切にすること。そして、それは当たり前すぎるくらい当たり前のことなのだ。
2007年09月16日
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