2008年03月08日

公の腐敗

刑務所の看守や医師などによる受刑者への暴行が多発している。

看護士による患者へのいじめも多発している。ヘルパーの老人への虐待も多発している。

教師による子どもたちへのいじめも多い。そして、教師同士のいじめも多く、職場内でのいじめも多い。

そのほとんどが弱い者いじめ。自分の立場を利用したいじめや暴行。その権力がなければ、ただの弱くくだらない人間。そういう人間だからこそ、いじめなどという低俗な行為を平気でするのだ。一人じゃ何も出来ない人間だからこその証。

たまに役所関係に出向くと、うんざりする。あの覇気のなさ、たらたらした雰囲気。ミスがあれば言い訳の連続。
公務員改革は絶対に必要なこと。国家の根本をなす公務員が、あのような状態では国は衰退する。それは当然のこと。
安全を保障された人間の哀しい姿。上司には意見を言うことも逆らうことも出来ない。ただ、時の過ぎ行くままに流されているだけ。

そして、その発端は学校教育にある。小学校からの基本的な教育がきちんとなされていないからだ。子どもを導く教師の質が低いからだ。

優秀な教師の育成は必要不可欠なこと。人間的にも能力的にも優秀な教師には、どれほど高い給与を払っても惜しいということはない。

子どもたちの育成には、実際に関わる時間の多い大人達の影響が大きいのだから。

現代は、教師も親も言い逃ればかり。やれ教師がすべて悪い、やれ親が悪いと責任転嫁合戦。どっともどっち。
だから、友人達から良い評価をされている子どもにきちんと育てた親と、生徒達から信頼されている教師の意見をよく聞くべきだと思う。

子ども達は教師達の顔色を伺っている。教師達のご機嫌を損ねないように気を使っている。
教師達は、教師というものの持つ力を悪用する馬鹿が多い。えこひいきというものをする教師は馬鹿の象徴。馬鹿が教壇に立つのは、まさに滑稽としか言いようがない。

人間だから好き嫌いはあって当然。しかし、教師という職業を選んだからには、すべての生徒に対して平等な精神をつように努力をして当たり前なのだ。そして、人の嫌がることは率先して、積極的にやるのが当たり前。教師なのだから。そんな当然のことすら出来ない教師は、馬鹿の骨頂。

すべての学校を一斉に改革というのは難しいこと。だから、せめて、どこかモデル校というものを作って、少しずつでも高めて行って欲しいと願う。

そして、ペアレントモンスターという怪物を生じさせたのも、今までの学校教育が生んでしまったこと。そのことに気付くべきだ。
また、ペアレントモンスターを無くすのは、学校とPTAの共同作業。PTAが弱体化していたり、腐敗していたのでは学校は片翼の鳥なのだ。
posted by ミューシャ at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 世相 | 更新情報をチェックする
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