最近、子どもたちのネットでの現状を調べた結果が公表されていた。学校裏サイトや2チャンネル、また個人のブログなどで使われている人を傷付ける言葉の多さが注目されていた。
きもい、うざい、死ねなどという言葉の羅列。本来なら、決して、やたらと人に対して言うべき言葉ではない。
学校教育と家庭教育の低下。道徳心も敬愛心も人間愛も責任感も、すべて人として大切なことなのに、それが失われつつある。
人を誹謗中傷する酷い言葉の発生は、まさに野獣が吠えているのと同等のように感じる。なぜなら、相手を傷つけ殺そうとしていることに変わりがないものだから。そして、それだけの知能しかないと証明しているのと一緒。
人間には繊細で豊かな心が備わっているもの。そういった心の能力の欠如でしかない。実に、悲しむべき状態である。
もし、そのような言葉を、子どもを持つ親が言っていたとしたらどうだろうか。こんな恐ろしいことはないのではないだろうか。
子どもを教え導き、そしてしっかりとした人間性に形成出来るようにサポートすべき親が自ら他者を傷つける言葉を発していたとしたら・・・。
他者を平気で傷付けるような親には、決して立派な子育ては出来ない。そのような精神は伝播する。そして、家族の負なるカルマを形成していく。
自分を律すること、自分を高める努力をすること、徳のある人間になろうと常に吾が身を振り返り、そして行動すること。
子どもは親の背を見て育つ。だからこそ、親は自らを正していなければならない。
精神と心という内面と共に、礼節という外面に現れるものを一致させてこそ、初めて親と呼ばれるに相応しい存在となれるのではないだろうか。
中国では七代かけて優秀な人材を生み出そうとするということを聞いたことがあるが、それは確かに正しいのだと思う。
家族の負なるカルマを解消して行き、そして善きカルマを作り出していく。それは、基本。
シュタイナーは、カルマには過去世からのものの他に、未来の新たな事をなす為に作られるカルマもあると述べている。
善き事をなす為に、現世で貯金をしておくもの。
吾々人間は、個人のカルマ、家族のカルマ、民族のカルマ、世界のカルマという全てのカルマに関わっている。
だからこそ、個人と家族のカルマぐらいきちんとしておきたいものである。そして、出来れば貯金をしたいものである。
PS:もし私が他者を傷付ける醜い暴言を吐いたとしたら、その時、思うだろう。家族に対して申し訳ない、と。そして、そんな自分を許すことが出来ないだろうし、恥ずかしくてしょうがないだろう。
そして、霊学に携わる者として、神に顔向け出来ないほどの羞恥心を感じるし、ものすごく穢れたものとして自分を見つめるだろう。それはまた、激しい慟哭をももたらす。
2008年04月19日
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