やはり、本音を書こう。
人を殺したら死刑になって当然だというその考え方は間違っている。
人を殺害するという行為は決して許されることではない。あまりにも残虐なこと。
殺したら殺されて当然だという考え方は、まさに「目には目を歯には歯を」というハンムラビ法典の復活を彷彿させる。
また、死に対して死ぬことを突きつける法律は、命の尊厳を守ることに反逆する思考。
法治国家であるから、また死刑という刑法が存在するから犯罪者の命を奪って当然だと叫ぶ姿は、本当に正しいのだろうか?
法という名の元の殺人行為のように、私の目には映る。
私憤を晴らす。被害者家族の心情の救済はとても大切なこと。しなければならないこと。しかし、死刑は、それを越えた次元。私憤を晴らす為に存在するかのように見える。
ふと、思った。深い思慮と、深い叡智と、深い人間愛の中に生き、そしてあまりにも惨い迫害を受け続けてきたホピ達は、死刑制度をどのように捉えているのであろうかと。
果たして命に対して命で償えと声を上げるだろうか。
今回の事件は、弁護団の戦略ミスのマイナス要因や、世論の高まり、それに対してびくびくしている裁く側のマイナス要因などの全ての負の要素が元少年一人だけに向けられた、あまりにも不条理な判決。
私は、今回の事件で、世の中の弱さや矛盾、歪みというものを感じざるを得ないのである。
元少年への死刑判決は、あまりにも不当な求刑。私は、死刑判決が撤回されることを祈って止まない。
そして、如何なる理由にせよ、法という名の元に死刑という命を奪う行為があってはならないと思う。
人間は神ではない。神から授かった命を、人間が聖人君子の顔をして奪うことをしてはならない。
また、犯罪に対して厳罰化したところで何も変わらない。厳罰化は犯罪に対して然したる抑止力はないのだから。むしろ、死刑というものは、人々の脳裏に命を軽んじる傾向を植えつけてしまう。そう、まるで命が物か何かのように。
私の目には死刑と叫ぶ人間達が、まるで心を失った鬼のように映るのだ。
2008年04月26日
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