ルートは、十津川 〜 熊野那智大社 〜 近露王子 〜 高野龍神スカイライン
朝から晴天。ただ、不思議なことに出かける前、縺れた2本のヒモと1本のチェーンを解くことに遭遇。まあ、熊野三山だから、これも何かの示唆かと軽く受け止めた。
写真をUP。
十津川
とてもきれいな川。現実の姿と水面に写る姿。しばし時を忘れ、思いを馳せる。もう少し走ったところには、ピンク色の桜が咲いていた。
熊野那智大社にある青岸渡寺と那智の御瀧
竹の子or竹?
青岸渡寺から那智の御瀧のある飛瀧神社行く途中で見かけた、脱皮突入段階の竹。
伏し拝み
那智の御瀧の遥拝所として守られて来た聖地。写真を撮ろうとした時、どこからともなく小さな黒い三匹の蝶が、縦一列に並んで舞って来た。
那智の御瀧シリーズ
那智の御瀧のビデオ。映像を横に撮ってしまったので、寝観音になって見てくださいませ。
次は近露王子。
近露は、花山天皇が本宮の手前最後の宿泊所とされた場所。また、『近露』という名の由来は、箸折峠で花山天皇がカヤを折って箸にしたとき、カヤの軸が赤いのに驚いて「血か露か」と問うたことが由来となった。
そして、この『近露王子之跡』と書かれた石碑には、なかなか興味深い経過がある。下にUPした説明書きの写真ををクリックすれば大きく表示されるので御覧下さい。
石碑の説明書き
石碑
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たぶん、光の悪戯だろうと思うが、王という文字の一番下の線の右側が赤くなって写真に写っている。撮ったあとに写真の確認をした時、思わず近露の由来に意識が向けられた。
石碑を拡大して撮ってみた
石碑の裏側
説明書きにもある横矢氏の家系について、少し記しておこうと思う。元は野長瀬といい、十津川郷野長瀬組の出身であった。
また、楠木正成を助け、南都から吉野へ向った護長親王の危急を救った功績から、『横矢』の名を賜ったとのことだ。
帰りは、高野山の龍神スカイラインを通った。山の頂上付近でパチリ。鳥の囀りが心を癒す。
もう薄暗くなった頃、高野山の寺院や土産物屋が立ち並ぶ通りを車は走り去った。
桜がまだ咲いている。暗闇の中に白く浮き上がって見える桜の姿。麓の桜は、とっくに散ってしまっているというのに。
今回も、前日までどこに行こうか決めていなかった。家族みんながそれなりに楽しめて、自然の美しさを堪能できる所。それが、決めるポイントだった。
夫が、「那智の瀧には行った記憶がない」と言う。だが、20年ほど前に行っている。私には瀧の記憶がはっきり残っていた。
だが、その時点では那智に行く気は私にはなかった。そこで、思った。最近、近露のことをネットで知り、興味を抱いた。だから、その付近の熊野古道を歩こうか。
そして、一旦は、そう決まり、そのつもりでみんな歩く用意をして眠りに就こうとしていた。
しかし、夫が急遽買って来たガイドブックを、寝る真際に上の子と見ていたら、那智の瀧が良いのではないかということになった。(相変わらず、お騒がせママ。しかし、みんなはそれに対応できるから素晴らしい。笑)
熊野大社本宮の前を通る。夫の「寄って行きますか?」の問いに、「帰りに時間があったら寄っていこう」と答えて、大斎原を見ながら通り過ぎた。
その先の、熊野速玉大社へとの分岐点では、「数年前に来ているし、みんなの記憶にも残っているから、今回は寄らなくてもいいわね。」と、勝手に決める私。
那智大社でけっこう時間を要してしまうこととなった。瀧は美しかった。フランスの「知の巨人」アンドレ・マルローが瀧を見上げて、思わず「アマテラス!」と叫んだ気持ちがよくわかる。
ただ、残念だったのが、神社側の商売という姿勢。さらに瀧の近くまで入るのに300円の入場料を取るのだが、その案内のスピーカーの音量の大きさと、ひっきりなしに繰り返される勧誘の言葉。
また、那智大社も飛瀧神社も、そこいる巫女さんや神職、案内の人にいたるまで、そのほとんどに凛とした清楚さや慎ましさが感じられなかったことは、非常に残念なことだった。やはり、商売に重点を置いてしまっているからだろうか。
だが、昔の思い、昔の歴史に気持ちを置くことで、そういった雑音に振り回されることもそれほどなかった。
そして、那智大社を出た後は、もう、時間もなかったので近露には寄ってもらえないかと思っていた。だが、十津川の道は夜走るには危ない箇所もあるから避けたいとの夫の思いで、高野龍神スカイラインを通ることにした。そのために、なんと、近露の側を通ることになったのだ。
近露の側まで来て、そのまま通り過ぎようとしたちょうどそのときだった。石碑のすぐ近くにある美術館の案内板が目に飛び込んできた。「そこ、右に曲がって!」と叫ぶ私。
急ブレーキで間に合い、なんとか石碑へと。めでたし、めでたし。
久しぶりに美しい光景、きれいな空気で呼吸が出来た。そして、瀧の美しさは、記憶の中で次第に美しさを増していく。
また、『近露王子之跡』という筆跡のやさしさが心に沁みてくる。その石碑にかけた思いも心の中に強く入ってくる。
心の旅。


