出雲へ旅行へ行ってきた。
今回もまた行き先は、あれよあれよという間に決められていった。
子どもがどこか自然の多いところへ行きたいと言う。夫は仕事が忙しいのでたぶんいけないだろうから、バスツアーにしようかということになり、上の子が調べ始めた。とりあえず、二人の子どもと私の三人のスケジュールが合うときとの8月15日、16日で探し始めた。
そして、子どもがピックアップしてきたところは島根。出雲大社・石見銀山・須佐神社・八雲風穴というコース。
なるほど、ちょっと面白そう。そこでいいだろうということで決定。
上の子に理由を聞くと、なぜだかわからないけれど、昔から島根に行きたかった。そして、島根だったらどこでもよかった。と言う。
ん〜、何かの因縁か。そこで、私は昔の写真を引っ張り出してきた。
そうしたら、ちょうど20年前の夏に出雲を訪れていた。上の子が生後九ヶ月の時に。
あの時、出雲大社の「おくにかえり館」の前で、ベビーカーに乗せた子どもと共に立ち止まっていたら、事務の方らしき人が、「赤ちゃんが暑いでしょうから中で涼んでおいきなさい。」と声をかけてくれた。そして、エアコンの効いたロビーで冷たいお茶まで出してくれたのである。
何か、上の子と出雲は縁があるのかもしれない。
また、子どもは、島根の中でも私が好きそうな場所をピックアップしたようであった。
もう時間がないので、早くバスツアーの申し込みをしようと思ったが、それでも念のために夫が帰宅してから聞いてみることにした。
すると、なんと、今年はその日は休めるだろうとのこと。それなら一緒のバスツアーにしようと。
そして、集合時間を見た。なんと、集合場所が少し遠い為、電車の時間がなくて間に合わないことが判明。
そこで、車で行くことになった。
また、泊まるとことろも上の子に任せた。
そして・・・・・、宿泊場所を見た。なんと、お寺の境内に面したお宿。確かに部屋も二間つづきで綺麗そう。そしてライトアップされた五重の塔もすぐ目の前に見えるし、なかなか趣向を凝らした精進料理の懐石。
しかし、問題は8月15日という日。残り一部屋。とりあえず、予約。しかし、私はどうも気乗りがしない。
そこで、今度は私が宿を探し始めた。確か須佐神社とかいう神社があったけれど、その名の通りスサノオ縁のところかなと。
そのあたりを調べてみると、なんとよさそうな温泉宿があるではないか。
早速、電話。
しかし、やはり予約で満室。
でもでも、さらにどこかないかと出雲を調べ始めた。
すると、須我神社、八雲山という存在にハタと気づく。
いーじゃないの、いーじゃないの。行きたいなー。
そこで八雲山の近くにある素適な温泉宿を見つけた。
ネットで調べると残り一部屋。即、予約。
ということで、お寺の宿はキャンセル。
さー、ここからが私のプランとなっていくのであった。
また、上の子は教えてくれた。出雲大社は60年ぶりの大遷宮で、御本殿の大屋根特別拝観というのを8月16日まで行っているとのこと。まさに、グッドタイミング。予約をした。
15日早朝に出発。渋滞もなくスムーズに進んでいった。
これなら、早く着ける。
そして、ああ、あれが大山かと山を見て、スサノオの八岐大蛇退治を思う。
が、それから間もなくして、米子ジャンクションで夫は何を思ったのか、松江方面と書いてあるにも関わらず、しかも、私が一生懸命に松江は左に入るんだと言う言葉も無視し、皆生温泉と書いてあるほうへ車を走らせてしまった。
仕方がないので、キリのいいところでUターン。しかし、再び、何を思ったのか、松江方面の道路には乗らず、今来た高速道路を戻ってしまった。
なんと、また大山まで来てしまった。そして、一旦、大山で降り、Uターン。夫にしては珍しいミス。
その後は、とりあえずスムーズに行く。
しかし、なんと、雨が降り出した。これでは山へは登れないかなと少し心配。
まずは、熊野大社へ参拝。和歌山の熊野大社は有名であるが、こちらが元であるとのこと。
次に八雲山へ。
まだ、雨の振り方も弱かったので、とりあえず登ることにした。まあ、真夏の照りつけるような暑い日ざしでなかっただけ良かったのかも知れない。
少し登ったところにある、『神泉坂根水』という不老長寿の水で身を清める。
動画でお清めを
奥の宮入り口
歌碑の立ち並ぶ階段を上っていく
歌碑の一つ
そして、夫婦岩。須佐之男命、稲田比売命、清之湯山主三名狭漏彦八島を祀っている。
後ろの方にも回ってみた。そうしたら急に、
「お父さん」
そんな思いが湧いてきた。
さて、ここから先の登山が大変であった。道が草で埋もれていてよく分からないし、所々、倒れた木が道を塞いでいる。しかも、雨で道は滑りやすく、蚊は多い。
家族は、もう引き返そうと言う。挙句の果てに、夏だから私の嫌いな蛇も出ると脅してくる。
が、そこでへこたれる私ではなかった。
「一人で行けば」
「あ、そ。じゃあ、行ってくるわ。」
すたこらさっさ。
私は、どんどん登っていく。後ろを見ると、なんと、夫の姿が。でも、子ども達は麓へ引き返したようだ。
飛んで火に入る夏の虫とはこのこと。
「巨大な蜘蛛の巣が沢山あるから先へいってくれない?」
しめしめ、夫を楯に私は優雅に行く。
すると、いきなり、
「わー!」
声と共に、後ろへ勢いよく後ずさりしてくるではないか。
「な、な、な、何があったの!毒蛇?熊?」
「大きな蜂だ!刺されたら危ないぞ!」
どうやらスズメバチか、クマンバチがいたようだ。
「なーんだ蜂?大丈夫よ。私は蜂と仲好しだから。それに、こちらが敵意を持たなければ刺してこないわよ。」
「何を言っているんだ。刺されたら死ぬかも知れないんだぞ。」
「あーあ、また位山の再来か・・・・」
しかし、様子を窺っていた夫は意を決したようだった。しばらくして、登り始めた。
そして、とうとう頂上!
なんと、雨は止んでくれました。
三角地点
山頂からの眺め。あいにくの天気の為、見晴らしは今一。それでも、雨は止んでくれたので、展望を少し望めた。
そこへ、一匹の紋黄蝶がふわりふわりと飛んできた。雨上がりの緑の中で鮮やかな黄色が美しい。
そして、下山してから須我神社へ。
さて、その後は温泉宿へ。そこの温泉は1300年前から出ているとのこと。
庭園を望む部屋。

部屋の床の間には掛け軸がかけられており、壷や絵皿が置かれ、百合の花が活けられてある立派な部屋であった。
翌日は、まず最初に八雲風穴へ。
中は、なんと9度。天然クーラーですね。
そして、出雲大社へ。
写真の御仮殿の後ろが御本殿であるが、平成の大遷宮の為にすでに周りは白い建物で覆われている。そして、大遷宮の間、神様は御仮殿に移されている。
また、その白い建物は三階まで階段が続いているが、8月16日までの23日間はそこを拝観できることになっていた。
大屋根をすぐ目の前で見たときの感想はというと、ただただ圧倒された。何層にも重ねられた檜皮。大きい。どっしりとして、支えてくれていた。そんな気持ちが湧いてきた。
また、柱の木からは60年経った今でも松脂が滲み出ており、木が生きていることを目の当たりにする。
そして、御本殿の階段、扉、壁・・・・。神職の方々の真摯な思い、真摯なご奉仕の姿勢が浸み込んでいる。見る側にまで伝わる心地よい緊迫感。
この60年間、支えていてくれた。様々な激変の中をしっかり支えていてくれた。その感謝の気持ちで一杯になった。御本殿の周りを降りてくるとき、私は「ありがとうございました」の言葉を何度となく心の中で呟いていた。
そして、次の遷宮の時、私はもうこの世にはいない。一生に一度、出会えた出雲大社の大遷宮。
これからの60年間は、どのように世の中が動いていくのだろうか。よりよい国、よりよい世界へなることを祈って止まないのである。
そして、帰途へ付いた。
だが、お昼を食べていなかったので、どこかで出雲蕎麦を食べようということになった。しかし、時間が時間の為、準備中。
結局、一時間ほど車を走らせて、再び出雲大社へと戻り、その近くの店で食べることになった。
離れがたい出雲なのかも知れない。
出雲大社は、やはり大きい。大きくて圧倒される。
お守りを買ったとき入れてくれた袋には皇后陛下の御歌が書かれてあった。
出雲大社に詣でて
国譲り 祀られましし 大神の
奇しき御業を 偲びて止まず
やはり、皇后陛下は素晴らしい方であると思った。
今回の旅では多くの人と声を交わした。そして、みんな良い人ばかりとの出会いであった。
あまりにもやさしくて、あまりにも素敵なところで、ずっとそこに留まりたいと思った。