あらたまの 年の初めに
ご祝詞を 申し上げます今回の私の旅程は次のようなものでした。
(一日目)斎宮歴史博物館 → 斎宮の森 → 伊勢神宮外宮にある茜社 → (二日目)伊勢神宮外宮 → 伊勢神宮内宮 → 伊雑宮 → 香良洲神社 → 大神神社
斎宮歴史博物館では、いろいろなことを知りました。
斎王のいる時代の天皇や貴族は、正月元旦に山海の食べ物に箸を付ける「歯固」という儀式を行っており、斎宮でも行われていました。これは、おせち料理の原型だとのことです。
不思議なものです。私は、市販のおせち料理は高いだけで美味しくないので、決して頼む事はないだろうなと思っていたのです。
しかし、今年はなぜだか自分でもわかりません、料亭のおせち料理を頼みました。初めてのことです。
また、映像展示室では、「斎王群行」、「斎宮を歩く」、「今よみがえる幻の宮」の3本の映像を交互に上映しており、この日は「斎王群行」を上映していました。
斎王は、天皇の皇女の中から占いで選ばれるのです。そして選ばれると、まず自室で世間から切り離された生活を送ることになります。
次に、日を選んで平安宮の中に用意された一室に移り、翌年の秋には京外の「野宮」という仮説の宮殿に移って一年を過ごすのです。
こうした「お籠もり」は斎王の清浄性を高めるものだったとのこと。
そして、いよいよ翌年の秋、伊勢神宮で9月15日〜17日に行われる「神嘗祭」に合わせて、斎王は旅立つのです。
旅立つ最後の日、天皇と対面して「別れのお櫛」といわれる儀式を行います。
天皇は「都の方におもむきたもうな」と声をかけ、斎王の髪に櫛をさします。そして、斎王は後ろを振り向くことも許されずに、そのまま
旅立つのです。もしかしたら、これが天皇との永遠の別れとなるかも知れないのに。
斎王が任を解かれて都へ帰るのは、天皇が譲位したり、亡くなったり、斎王の肉親に不幸があったときだけに限られていました。
斎王の中には、わずか八歳で斎王に選ばれた方もいました。孤独という宿命。しかし、天皇の名代という重責。決して、逃げる事は出来ません。ひたすら、真摯に神事を行い、祈ること。
斎王が暮らしていた斎宮は幻の宮と呼ばれていたのですが、近年、その全貌が姿を現しはじめています。とても広大なものであったそうです。
斎宮の森の写真をUPします。
大来皇女の歌が書かれた石碑と、井戸跡
斎宮のあったときからの道路跡
また、左近の桜の成立には、斎王が関わっていたのですね。重明親王の娘である徽子(よしこ)女王。
さて、次は茜社。稲荷神社です。外宮外苑にある勾玉池のところにあります。なんと、オーブがまた写っています。かつて、京都の伏見稲荷で取った写真にも同じようなオーブが写っていましたが。稲荷の特徴なのでしょうか。
この後、勾玉池周辺を散策しました。すると、どこからか、「あっはっはっは、あっはっはっは」という大きな大きな声が聞こえてきたのです。思わず、天狗の声?などと思ってしまいました。だって、人間の声ではなかったのですもの。
薄暗い湖面を目を凝らして見てみました、すると、沢山の鴨がいるじゃありませんか。しかも、水上を飛んだり、鴨同士でくるくる回ってじゃれあったり。なんと、賑やかなことでしょうか。
昼間が人間主体の世界、そして、夜は鴨たちの世界。そんな感じでした。
また、夜の闇が降りてくればくるほど、鴨たちの笑う声があちらからもこちからも聞こえてきたのです。不思議な楽しくなる空間でした。
翌日は、朝6時前のまだ暗いうちに参拝に出かけました。最初に外宮に行きました。しかし、夜明け前でしたので、御垣内に入っての参拝は出来ませんでしたが、外宮の中から見上げる月の輝きは美しかったです。
帰るとき、なぜか、守衛さんに呼び止められて「お車でお越しですか?」と聞かれました。正月三が日の伊勢神宮への参拝は、近くに宿を取って、タクシーかバスで移動するのがお薦めですよ。
次に内宮へと行きました。ここでは日が昇りましたので、御垣内へ入っての参拝が出来ました。
やはり御垣内だと、世界や日本のことのみしか祈る気持ちにはなれないものですね。
内宮の参道にいた鶏です
伊勢神宮内宮
風日祈宮へ繋がる橋の下を流れている五十鈴川の写真です。内宮に入る時、最初にある大きな橋の下を流れている川は、本来の五十鈴川ではないとのこと。そこは、三つの川が合流しているからだそうです。
この風日祈宮のところに流れている川が、本来の五十鈴川。
お次は、伊雑宮。駐車場に山鳩がいたので、パチリ!
伊雑宮
そして、香良洲神社。午前中は晴れていたのですが、お昼ごろには再び雪を降らしそうな雲が空全体を覆っていました。
でも、ここへ着いたら、あら、不思議。太陽が顔を出しました。
香良洲神社では、御神前に沢山の鏡餅がお供えされていました。なんか、あたたかな感じ。
本殿の手前に小香良洲神社というお社もありました。御祭神名は書いてなかったので分からないのですが、このお社の前に立った時には、さらに日の光が強く射して来て、はっきり出来た自分の影に思わず驚きました。
最後は大神神社。こちらも灰色の雲に覆われていました。しかし、近くまで来た時、三輪山だけに太陽の光が投げかけられているという姿になったのです。
大神神社へ来た時には、私の気分は低下していました。思わず、自分の感情を御神霊にぶつけてしまいました。
でも、やさしく包み込むように、軽やかな風が頬を撫でていきました。
とても、厳しい年になるかも知れません。伊勢神宮内宮の御垣内の中だけと自分だけという状態。伊勢神宮といえども、御垣内から一歩外へ出れば茨のようなとでもいいましょうか、そんな感じがしました。
そして、頼りにしている夢が、昨年の暮れから、見ても内容を覚えられないという状況へと追いやられています。
また、茜社というところへ始めて行きましたが、香良洲神社でも、「茜」という言葉に出会いました。茜と言えば、茜大神。最後の御出まし。
大神神社で引いた御神籤の中に書かれてあった歌。
うまないた
たたくな
ゆきそ
けたぐりて
みても
わがゆく
しがに
あらなく