今朝方は、地震の夢を見た。
自分の家に居たのだが、震度5か6ぐらいの揺れが何度も襲ってくる夢。
そうしたら、今日のニュースでは、ソロモン諸島でM8.1の地震があったと流れていた。
関係があるのかないのか分からないが、ソロモン諸島は幾つもの島からなっているが、それぞれが揺れていたとのこと。
ソロモンという名の響きは、これもまた独特な感覚がある。気高くて、怖くて、毅然としていて、何か大切なものがあるような印象を抱いている。
おそらく、子どもの頃に見た映画の影響? ソロモン王の物語だったと思うが・・・。ずいぶん前のことなのでストーリーは忘れてしまったが、そのとき受けた感覚だけが残っているのだろう。
2007年04月02日
2006年07月26日
高潔
まだ覚めやらぬ意識の中で、夢の内容をしっかり記憶できたと思っていたのに、はっきり目覚めた瞬間には大方を忘れてしまっていた。
それでも、今朝方の夢で覚えていたものは「高潔」ということである。何かの授業であった。そこで、幾つかのテーマについて意見を交わしていたが、その中で「高潔」という意味を考えてみようということになり、講師は、まず文字を見るように言った。そこで、考え始めたときに目が覚めたのである。
ふと、思い出したことがある。以前、心理カウンセラーの講演を聞きに言った時のこと。まだ若い女性ではあるが、結構、大きな仕事を任されている人であった。
彼女は、心理カウンセラーとは学問で得た知識を持って指導することは出来るが、かと言って、カウンセラーの人格が高潔だというわけではないと語った言葉が印象的であった。
私としては、学問的な知識も大切であるが、そのカウンセラーの人間性はもっと大切なものだと思っていたので、彼女の見解に釈然としなかった。
多くの症例やデーターから出された指導方法。しかし、人間の心理は複雑なものである。そういったデーターだけではもの足りないのではないか。また、そういったデーターによる方法が当てはまらない時もあるだろう。
それに、こんな実話もある。沖縄や奄美地方に存在しているユタという霊能力者の一人である女性が、神がかり状態に対して、自分は精神を冒されているのではないかと精神科医のもとを訪れるが、その医者は、どこにも問題はないとの結論を出した。
しかし、こういう状態に対して、ほとんどの精神科医はなんらかの病名をつけて、薬を与えたりさえする。まさに、その医師の経験知と人間性、道徳性などによって左右されてしまう。
シュタイナーは精神科学の重要性を説いている。未来の医学は、精神科学の発達によって解決されるであろうと。
それでも、今朝方の夢で覚えていたものは「高潔」ということである。何かの授業であった。そこで、幾つかのテーマについて意見を交わしていたが、その中で「高潔」という意味を考えてみようということになり、講師は、まず文字を見るように言った。そこで、考え始めたときに目が覚めたのである。
ふと、思い出したことがある。以前、心理カウンセラーの講演を聞きに言った時のこと。まだ若い女性ではあるが、結構、大きな仕事を任されている人であった。
彼女は、心理カウンセラーとは学問で得た知識を持って指導することは出来るが、かと言って、カウンセラーの人格が高潔だというわけではないと語った言葉が印象的であった。
私としては、学問的な知識も大切であるが、そのカウンセラーの人間性はもっと大切なものだと思っていたので、彼女の見解に釈然としなかった。
多くの症例やデーターから出された指導方法。しかし、人間の心理は複雑なものである。そういったデーターだけではもの足りないのではないか。また、そういったデーターによる方法が当てはまらない時もあるだろう。
それに、こんな実話もある。沖縄や奄美地方に存在しているユタという霊能力者の一人である女性が、神がかり状態に対して、自分は精神を冒されているのではないかと精神科医のもとを訪れるが、その医者は、どこにも問題はないとの結論を出した。
しかし、こういう状態に対して、ほとんどの精神科医はなんらかの病名をつけて、薬を与えたりさえする。まさに、その医師の経験知と人間性、道徳性などによって左右されてしまう。
シュタイナーは精神科学の重要性を説いている。未来の医学は、精神科学の発達によって解決されるであろうと。
2006年05月05日
虹の魚
幻想的な美しい夢を見た。
五月だというのに雪が降り始めた。はじめ、ふわふわしているので鳥の羽のように思ったが、それは勢いを増し、雪だという事が分かった。
真っ白な雪。やわらかく輝くような白い靄の世界のよう。時は夕暮れ時。空は紺碧色。
そとで感嘆の声が上がるので、なんだろうかと外を見渡した。すると、そこには二本の虹が出ていた。北から東へと横へなびくように流れたり、きれいなアーチ型を作ったりと変化し続けている。
全体的に青と紫色の濃い虹。現実では決して見ることが出来ないほどはっきりした鮮やかな色彩。
遠くの山の方を見ると、そこにはお堂があり、そこにある二本の木がやわらかなバラ色に輝いていた。まるで、灯りを灯しているよう。
やがて雪はやんだが、虹はまだでている。私は東へ流れている方向を良く見ようと部屋を移動した。
すると、空には虹の魚が右へすーっと泳いでいくのだ。銀色の目。まるで星のよう。今度は全体的に赤の色彩が濃いものとなっていた。大きな尾。そして、とても大きな大きな金魚のよう。
あまりの美しさに見とれながらも、私はこの光景を写真に収めて、一人でも多くの人にブログで見てもらおうとシャッターを押し続けたが、残念ながら収めることは出来なかった。
ただただ、幻想的な美しい世界が、記憶の中に鮮明に余韻を残している。
五月だというのに雪が降り始めた。はじめ、ふわふわしているので鳥の羽のように思ったが、それは勢いを増し、雪だという事が分かった。
真っ白な雪。やわらかく輝くような白い靄の世界のよう。時は夕暮れ時。空は紺碧色。
そとで感嘆の声が上がるので、なんだろうかと外を見渡した。すると、そこには二本の虹が出ていた。北から東へと横へなびくように流れたり、きれいなアーチ型を作ったりと変化し続けている。
全体的に青と紫色の濃い虹。現実では決して見ることが出来ないほどはっきりした鮮やかな色彩。
遠くの山の方を見ると、そこにはお堂があり、そこにある二本の木がやわらかなバラ色に輝いていた。まるで、灯りを灯しているよう。
やがて雪はやんだが、虹はまだでている。私は東へ流れている方向を良く見ようと部屋を移動した。
すると、空には虹の魚が右へすーっと泳いでいくのだ。銀色の目。まるで星のよう。今度は全体的に赤の色彩が濃いものとなっていた。大きな尾。そして、とても大きな大きな金魚のよう。
あまりの美しさに見とれながらも、私はこの光景を写真に収めて、一人でも多くの人にブログで見てもらおうとシャッターを押し続けたが、残念ながら収めることは出来なかった。
ただただ、幻想的な美しい世界が、記憶の中に鮮明に余韻を残している。
2006年04月08日
夏太后
まただ。以前、夢で見た光景が現実のものとして目の前に現われる。平等院のときもそうだった。後日、夢で見たとおりの形であったことが発表された。
今回は、2004年から発掘が進められている、始皇帝の祖母である夏太后の陵墓ではないかと思われるもの。
今日の夕刊に、その写真が掲載されていた。それを見た瞬間、あの時の夢の光景を思い出した。その時の夢の中の場所は、中国の陵墓らしきところであり、とても広く荘厳であった。
この先、全体像がもっとはっきりわかっていけば、完全に夢との照合が出来る。奥の丸い形をした陵墓へ続く、広く長い道。その手前の肌色の岩山ような所。川と舟のキーワード。陵墓の模様。このような夢の内容に一致するだろうか。
今回は、2004年から発掘が進められている、始皇帝の祖母である夏太后の陵墓ではないかと思われるもの。
今日の夕刊に、その写真が掲載されていた。それを見た瞬間、あの時の夢の光景を思い出した。その時の夢の中の場所は、中国の陵墓らしきところであり、とても広く荘厳であった。
この先、全体像がもっとはっきりわかっていけば、完全に夢との照合が出来る。奥の丸い形をした陵墓へ続く、広く長い道。その手前の肌色の岩山ような所。川と舟のキーワード。陵墓の模様。このような夢の内容に一致するだろうか。
2006年02月25日
黄金の海
今朝方見た夢の一つ。
私は太陽の光に満ちた黄金色の海辺にいた。海も海辺も、あたり一面が柔らかな黄金色で包まれていた。
砂浜は、とても細かくさらさらとした粒子。寄せては返る波の下で、まるで天使たちが音楽を奏でているかのよう。
その美しい光景の中で、私はまるで溶け込んでしまいそうになっていた。光が溶け込むように、心地よく・・・。この感覚は、言葉に表そうとしても、それに当てはまる言葉や表現が見つからない。あまりにも静かな歓喜に満ち足りたものであるから。
そして、たまに見るこのような光で包まれた光景というのは、金色であったり銀色であったり、または薔薇色であったりするが、いずれもその光景の中において、私はこのような感覚に包まれる。
その後、私はその美しい光景を写真に撮ろうと思い、カメラを探していたが、カメラは砂浜に埋まっていて撮る事は不可能であった。そこで、私はしっかりこの光景を記憶の中に納めておこうと思った。
私は太陽の光に満ちた黄金色の海辺にいた。海も海辺も、あたり一面が柔らかな黄金色で包まれていた。
砂浜は、とても細かくさらさらとした粒子。寄せては返る波の下で、まるで天使たちが音楽を奏でているかのよう。
その美しい光景の中で、私はまるで溶け込んでしまいそうになっていた。光が溶け込むように、心地よく・・・。この感覚は、言葉に表そうとしても、それに当てはまる言葉や表現が見つからない。あまりにも静かな歓喜に満ち足りたものであるから。
そして、たまに見るこのような光で包まれた光景というのは、金色であったり銀色であったり、または薔薇色であったりするが、いずれもその光景の中において、私はこのような感覚に包まれる。
その後、私はその美しい光景を写真に撮ろうと思い、カメラを探していたが、カメラは砂浜に埋まっていて撮る事は不可能であった。そこで、私はしっかりこの光景を記憶の中に納めておこうと思った。
2006年02月07日
布地とパンを買う夢二題
今日は、こんな夢を見た。夢2つ。
誰の為かわからなかったが、私は誰か複数の人の為に服を
仕立ててあげようと思い、布地専門店へ入った。
そこには巻かれてある沢山の種類の布が積み重ねて置いてあった。
左側に積み重ねてある中の一つである、紺地に白い水玉模様
の布にしようかとも思ったが、それをやめて
右側に積み重ねてある中から、肌触りのよさそうな自然素材で、
淡い緑っぽい色彩の草木染の布を買うことにした。
そして、羽のように軽いということが印象的であった。
もう一つは、パン専門店へ入った。釜焼き専門店。
そこには、今まで見たこともないオリジナリティーに溢れたパンが
何種類も置いてあった。どれも、美味しそう。
店の中も芸術的で、店員や職人たちも独創的な芸術家という感じの
格好をしていた。
私も家族の為に何種類か買ったが、そこは人気のある店と見えて、
焼き立てのパンが店に並んだとたん、どんどん売れていた。
誰の為かわからなかったが、私は誰か複数の人の為に服を
仕立ててあげようと思い、布地専門店へ入った。
そこには巻かれてある沢山の種類の布が積み重ねて置いてあった。
左側に積み重ねてある中の一つである、紺地に白い水玉模様
の布にしようかとも思ったが、それをやめて
右側に積み重ねてある中から、肌触りのよさそうな自然素材で、
淡い緑っぽい色彩の草木染の布を買うことにした。
そして、羽のように軽いということが印象的であった。
もう一つは、パン専門店へ入った。釜焼き専門店。
そこには、今まで見たこともないオリジナリティーに溢れたパンが
何種類も置いてあった。どれも、美味しそう。
店の中も芸術的で、店員や職人たちも独創的な芸術家という感じの
格好をしていた。
私も家族の為に何種類か買ったが、そこは人気のある店と見えて、
焼き立てのパンが店に並んだとたん、どんどん売れていた。
2006年01月09日
不可解な行動の夢
今日の夢。
私は銀行に用事があるため、スーパーの一角に併設されてあるATMへ向かった。そこの駐車場はとても広いのだが、開店前までは車で入れても、出口は閉鎖されており、私が行った時間は早朝であったので、そこへ入ろうかどうか悩んでいた。
すると、そこの従業員とは見えない白い車に乗った中年男性がその駐車場へ入って行ったので、どこかに出口があるかも知れないと思い、着いて行った。
確かに、奥のほうに道路に続く出口があった。取り合えず私は車をそこへ止めて歩き出した。裏を回ってもそのATMへ行けそうだ。時計は6時50分を指していた。
でも、歩いて行く道は、大きな石がごろごろしている所を登って行かなければならない。その反対に、車だったら平坦な通りやすい道となっていたので、私は引き返した。
すると、もう人が大勢やって来ていた。いつの間にか、開店時間になっていたのだ。
と、このような内容であったが、どうやら無駄な時間を費やしているのかも知れない。そして、不可解な誤認識とも言える行動。もっと深呼吸して思慮深く行かねばならないのだろう。
私は銀行に用事があるため、スーパーの一角に併設されてあるATMへ向かった。そこの駐車場はとても広いのだが、開店前までは車で入れても、出口は閉鎖されており、私が行った時間は早朝であったので、そこへ入ろうかどうか悩んでいた。
すると、そこの従業員とは見えない白い車に乗った中年男性がその駐車場へ入って行ったので、どこかに出口があるかも知れないと思い、着いて行った。
確かに、奥のほうに道路に続く出口があった。取り合えず私は車をそこへ止めて歩き出した。裏を回ってもそのATMへ行けそうだ。時計は6時50分を指していた。
でも、歩いて行く道は、大きな石がごろごろしている所を登って行かなければならない。その反対に、車だったら平坦な通りやすい道となっていたので、私は引き返した。
すると、もう人が大勢やって来ていた。いつの間にか、開店時間になっていたのだ。
と、このような内容であったが、どうやら無駄な時間を費やしているのかも知れない。そして、不可解な誤認識とも言える行動。もっと深呼吸して思慮深く行かねばならないのだろう。
2006年01月08日
換気にまつわる夢
今朝方、見た夢。
親戚の青年(現実にはまったく見知らぬ人だが)が、私の故郷の家へ訪ねてきた。その青年は、少し背は低いものの、ハンサムで性格も非常に良い評判の青年であった。
何故か、客間が祖母が亡くなるまで使っていた部屋であった。6畳のサンルームに6畳の畳の部屋がつながっている部屋である。
テーブルの上にはご馳走が所狭しと並べられてある。父も上機嫌で接待していた。青年は、終始、物静かながらもとてもにこやかにしていた。
やがて青年は帰った。私は煙草の臭いが充満している部屋の喚起をしようとその部屋へ入った。しかし、煙草の臭いはまったくしていないのだ。その代わり、お酒と魚の臭いがしていた。
私はどちらにしても喚起は必要と、戸を開け、換気扇を回した。しかし、その換気扇は形は換気扇であるが、換気扇ではなく、扇風機という状態で風が勢いよく回転しながら動き始めた。
そこで、私は扇風機でも戸を開け放っているため、部屋の空気を回転させて外に出すにはそれでも十分出来ると思い、そのままの状態で部屋を出た。
その後、私は自分の家へ帰るための身支度をしていた。親戚の叔父夫婦が、大阪にいる知人にお土産を渡したがっていることを知っていたので、声をかけてみた。
叔父夫婦は三人に渡して欲しいと、大きな小豆色の包装紙で包まれた箱と、中くらいの御車が描かれたクリーム色の箱、そして、平ぺったい箱をそれぞれ三つずつ持ってきた。
それを見た私はあきれ返ってしまったのだ。いくらなんでも電車やバスの乗り換え、乗換えで帰らねばならないし、そのうえ自分の荷物だってあるというのに、そのようなたくさんのお土産をどうやって持って行くのだろうかと。
私は、その叔父夫婦に言った。「自分たちのことだけを考えるのではなく、私がどういう状態で帰るのかを少しは考えなければね。小さなものだったら持って行けるが、こんなに山のようなものを持って行くことが出来ると思うのか?」と。
実際、その夢の中の叔父夫婦というのは、かなり自分勝手で感情的な人たちなので嫌悪感を抱いていたのだが、夢の中でも、こう言ったら、絶対に感情的に反論してくるだろうなと思っていた。
しかし、その予想は違うものだった。うつむいて、申し訳なさそうに自分たちの行為を反省しているかのようであった。
このような内容の夢であった。
2006年01月07日
石段の夢
今朝方、見た夢。
私は高級ブランドを扱うグレードの高い百貨店や店やビルディングが立ち並ぶ、一見オフィス街と思えるようなところを歩いていた。かといって、買物で歩いているのではなかった。
そのうち、地下へ降りるエスカレーターがあったので、私は下りて行った。そこはレストランが立ち並ぶ飲食店街であった。
しかし、どの店もすべてがビュッフェ形式。食べたいものを食べたいだけ食べる事ができ、しかも品数は多く、どれもこれもおいしそうな料理であった。
今度、家族を連れてこようと思いながら、その飲食店街を歩いていくと、突き当たりに出入り口があった。そしてその先には上へ続く石の階段がある。ただ、その出入り口がちょっと変わった形なのと、その石段の続く先はマンションのようだったので、私は入って行っていいものかどうか迷っていた。
ちなみに、その出入り口の戸はというと、丸い木の枠だけで出来ていて、地面から40センチぐらいの所に一本の横木が渡されてあるだけのものであったが、私は、くぐるべきか、それともまたぐべきかを迷っていたのだ。どちらにしても、引っかかりそうだなと。
すると一人のお爺さんがやって来て、「ここを上っておいき」と私に言い、その戸をなんなく通って、先を道案内するかのように上って行った。私はそのドアを通ったとき、な〜んだ、簡単に通れるじゃないかと拍子抜けしたのであった。
そして、その階段はというと、すべてが丸みを帯びていて、まるで鏡餅が連なっているような感じであった。それに、壁も石で出来ていた。
その石段は屋上まで続いていた。屋上は公園のようになっていて、温泉が湧き出ていた。みんな水着を着て、気持ちよさそうに入っている。私も、温泉に浸かった。また、屋上からは街を一望できる絶好の場でもあった。
そのうち、一組の若いカップルが帰るために階段を下り始めた。しかし、彼らは階段が急で怖いといっている。私はそんなに急ではないのに、変な事を言うなと見ていた。
すると、一匹の大きなニシキヘビがその階段を這っていて、男の方は怖がり、女は平気そうで、「大丈夫だから」と、声をかけて励ましていた。
すると、急に私の目線はその男のものと同化した。確かに絶壁ともいえるぐらいの急勾配である。これでは、怖がるはずだと思った。
再び、私は上から彼らの行動を見ていた。なんとか、男はスパイダーマンのように蛇に気づかれずに下まで下りられたようであった。
私は、屋上から空を見上げて、なんときれいに澄み渡った青空なんだろうかと思っていた。
私は高級ブランドを扱うグレードの高い百貨店や店やビルディングが立ち並ぶ、一見オフィス街と思えるようなところを歩いていた。かといって、買物で歩いているのではなかった。
そのうち、地下へ降りるエスカレーターがあったので、私は下りて行った。そこはレストランが立ち並ぶ飲食店街であった。
しかし、どの店もすべてがビュッフェ形式。食べたいものを食べたいだけ食べる事ができ、しかも品数は多く、どれもこれもおいしそうな料理であった。
今度、家族を連れてこようと思いながら、その飲食店街を歩いていくと、突き当たりに出入り口があった。そしてその先には上へ続く石の階段がある。ただ、その出入り口がちょっと変わった形なのと、その石段の続く先はマンションのようだったので、私は入って行っていいものかどうか迷っていた。
ちなみに、その出入り口の戸はというと、丸い木の枠だけで出来ていて、地面から40センチぐらいの所に一本の横木が渡されてあるだけのものであったが、私は、くぐるべきか、それともまたぐべきかを迷っていたのだ。どちらにしても、引っかかりそうだなと。
すると一人のお爺さんがやって来て、「ここを上っておいき」と私に言い、その戸をなんなく通って、先を道案内するかのように上って行った。私はそのドアを通ったとき、な〜んだ、簡単に通れるじゃないかと拍子抜けしたのであった。
そして、その階段はというと、すべてが丸みを帯びていて、まるで鏡餅が連なっているような感じであった。それに、壁も石で出来ていた。
その石段は屋上まで続いていた。屋上は公園のようになっていて、温泉が湧き出ていた。みんな水着を着て、気持ちよさそうに入っている。私も、温泉に浸かった。また、屋上からは街を一望できる絶好の場でもあった。
そのうち、一組の若いカップルが帰るために階段を下り始めた。しかし、彼らは階段が急で怖いといっている。私はそんなに急ではないのに、変な事を言うなと見ていた。
すると、一匹の大きなニシキヘビがその階段を這っていて、男の方は怖がり、女は平気そうで、「大丈夫だから」と、声をかけて励ましていた。
すると、急に私の目線はその男のものと同化した。確かに絶壁ともいえるぐらいの急勾配である。これでは、怖がるはずだと思った。
再び、私は上から彼らの行動を見ていた。なんとか、男はスパイダーマンのように蛇に気づかれずに下まで下りられたようであった。
私は、屋上から空を見上げて、なんときれいに澄み渡った青空なんだろうかと思っていた。

