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<title>空の手で</title>
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<description>人間であるが故に、純化への道を目指したい。そして、大海の波間に、何か素適なものを見つけられたらいい。</description>
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<title>人間らしい生活への回帰</title>
<description>また、子どもによる親の殺人事件が起きた。国家が求めて推進してきた学歴社会。人間一人一人の個性や生命を重視するのではなく、国益の為に必要なロボットを育成しようとしてきた結果が今の混沌とした状態を引き起こしている。競争で勝者のみが優遇される社会。心よりもお金の力の方が強い社会。人は幼い頃から競争社会の中へ追い込まれる。もっともっと親に見つめて欲しいのに、仕事だからと託児所や保育所に入れられ、思う存分のスキンシップを得られない。もっともっと友達と遊びたいのに勉強しろと小学生の頃から...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T23:15:15+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
また、子どもによる親の殺人事件が起きた。国家が求めて推進してきた学歴社会。人間一人一人の個性や生命を重視するのではなく、国益の為に必要なロボットを育成しようとしてきた結果が今の混沌とした状態を引き起こしている。<br /><br />競争で勝者のみが優遇される社会。心よりもお金の力の方が強い社会。<br />人は幼い頃から競争社会の中へ追い込まれる。もっともっと親に見つめて欲しいのに、仕事だからと託児所や保育所に入れられ、思う存分のスキンシップを得られない。<br />もっともっと友達と遊びたいのに勉強しろと小学生の頃から塾へ追い立てられる。そして、高学歴な人間こそ価値があるのだと歪んだ思想を植えつけられ、引かれたレールの上を歩かされる子ども達。<br /><br />何をやりたいのか、何になりたいのかを見つける暇も与えられずに勉強、勉強。<br /><br />今になって、国家は慌てふためいている。こんなはずではなかったのにと。人間としての尊厳を踏みにじってきた政策は、多くの不満を噴出し始め、そして溢れかえっている。<br /><br />世の中にはあらゆる仕事をしてくれる人びとがいるから成り立っているのだ。政治家であろうと、弁護士であろうと、清掃員であろうと、誰が偉く、誰が偉くないなんてことはない。みんな等しく平等なのである。みんな同じ価値なのである。<br /><br />シュタイナーが述べる社会有機体三分節化の一つである法的生活についても、そのポジションはすべての人が対等な関係を保てるように守る機関でなければならないと述べている。<br /><br />すべての人が対等ということは、ごくごく当たり前のことであり、そういう精神こそ人の尊厳を大切に出来るものなのである。<br /><br />家庭という言葉が昨今では非常に軽い意味となってきているように思える。国策で共働きの家庭は増加した。国が経済を管理しようとしてきた諸々の歪。<br />そしてその皺寄せは、一番弱い立場の子ども達にもたらされ、子ども達はどんどんストレスを溜めていく。甘えたいのに甘えられない、もっと一緒にいてほしいのに居てもらえない、友達と遊びたいのに友達と遊ぶことを制限され、家へ連れてくることを拒まれる。そして、勉強、勉強。<br /><br />これでは、人間らしい人間に成長できるわけがない。蓄積されたストレスは、やがて、いつか爆発する。<br /><br />人間らしい暮らしへの回帰。それこそ、今の時代に求められていることではないだろうか。<a name="more"></a>

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<title>社会有機体三分節化Ⅵ</title>
<description>環境問題が深刻化する中、京都議定書、そして最近の洞爺湖サミットで二酸化炭素の排出権取引市場の導入が進んでいる。が、これもシュタイナーの述べている「余剰価値」とも連動しているように思う。『人びとが個的能力に基づいてあげた利潤の余剰部分を公共のものにし、能力を十分に発揮できない人びとの不足分に対する正当な補助を、この公共のものから供給する。「余剰価値」は個人の不当な楽しみのためにではなく、社会有機体に魂的、物質的な財をより多く提供できるために生み出される。障害のために社会に直接役...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T01:50:38+09:00</dc:date>
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環境問題が深刻化する中、京都議定書、そして最近の洞爺湖サミットで二酸化炭素の排出権取引市場の導入が進んでいる。<br /><br />が、これもシュタイナーの述べている「余剰価値」とも連動しているように思う。<br /><br /><br />『人びとが個的能力に基づいてあげた利潤の余剰部分を公共のものにし、能力を十分に発揮できない人びとの不足分に対する正当な補助を、この公共のものから供給する。<br /><br />「余剰価値」は個人の不当な楽しみのためにではなく、社会有機体に魂的、物質的な財をより多く提供できるために生み出される。<br /><br />障害のために社会に直接役立つことができない人でも、この社会有機体の体内から生じた人であるなら、どんな人のためにもその財を提供しなければならない。』<br /><br /><br />国民年金や国民健康保険も国家が管理しているから問題が生じたり、不公平になったりするのではないだろうか。<br />シュタイナーの見解なら、苦しむ人々も極端に少なくなるだろうし、人間にやさしい生活がもたらされるのではないだろうか。<br /><br />まだまだ書きたい事はあるが、あとは個々人がこの本を図書館から借りて読むなり、高いお金を払って古書を入手するなりして読まれたら良いのではないだろうか。願わくば、再版を望むのであるが。<br /><br />以上、これにて終了。<a name="more"></a>

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<title>社会有機体三分節化Ⅴ</title>
<description>日本でも、いよいよ来年の５月から裁判員制度が導入される。これは、もともと裁判官の常識のなさをなんとかしなければならないということから動き始めたようだが、シュタイナーは、裁判官制度を国家制度から切り離さねばならないと述べている。『国家制度は、人間もしくは集団相互の間に存するべき法律を守ることを義務として課せられている。しかし裁定そのものは、精神組織から生じる。正しい判断は、裁判官が裁かれる者の個的状況に対する感受性と理解力を持っていることに高度に依存している。そのような感受性や...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T01:31:42+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
日本でも、いよいよ来年の５月から裁判員制度が導入される。これは、もともと裁判官の常識のなさをなんとかしなければならないということから動き始めたようだが、シュタイナーは、裁判官制度を国家制度から切り離さねばならないと述べている。<br /><br />『国家制度は、人間もしくは集団相互の間に存するべき法律を守ることを義務として課せられている。<br /><br />しかし裁定そのものは、精神組織から生じる。正しい判断は、裁判官が裁かれる者の個的状況に対する感受性と理解力を持っていることに高度に依存している。そのような感受性や理解力は、人びとが精神に対して持っている信頼の絆から裁判官を任命するのでなければ、生じ得ない。』<br /><br /><br />上記のような観点から、裁判官は、一定の範囲内、期間内で様々な職業や身分の人たちの中から他者から信頼されている人間を選ぶべきであり、特殊な法律知識を必要とする場合には、その専門家が惜しみない協力をするという体制が望ましいという見解を、シュタイナーは示している。<br /><br />人間というものをより深く愛の目で見つめられ、そして人生の深い洞察力を備えている人間こそが裁判官というものに相応しい。そうは思わないだろうか？<br /><br />人一人を殺したら死刑・・・というような一律的な物事の見方こそ、人間の精神生活を否定するものであり、希望は無いように思う。<br /><br />日本における裁判員制度が、これからどのように展開されていくか、まさに神側に向かうか、悪魔側に向うかの分水嶺。<br /><br />また、昨今では、教員採用問題や、教員昇進問題で、国会議員や県会議員などの議員たちが圧力をかけている実体が浮き彫りにされてきたが、あらゆる分野で、あらゆる都道府県で、議員達は自分たちの特権を利用して圧力をかけている。<br /><br />これ一つを見ても、社会有機体の三分節化が如何に必要かが理解できるのではないだろうか。<br /><br /><div style="text-align:right;">続く</div><a name="more"></a>

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<title>オススメ・スポンサーサイト「エアコン」</title>
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<dc:date>2008-07-20T01:31:42+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
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<title>社会有機体三分節化Ⅳ</title>
<description>学校について更に次のように述べている。『近代国家の社会構造は、人生の要求に応えておらず、人びとの経済要求をも満足させられないでいる。そして時代のその立ち遅れを学校制度に背負わせている。国家は学校制度を宗教団体から奪い取り、それを自分にまったく依存させ、そして小学校から大学まで、教育の全施設を国家が必要とする人材を育成する場にしてしまった。だから今日の学校の中には、国家の諸要求が映し出されている。 人びとは「一般的な人間性の育成」について語るけれども、現代人は無意識の中で、あま...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T01:00:30+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
学校について更に次のように述べている。<br /><br />『近代国家の社会構造は、人生の要求に応えておらず、人びとの経済要求をも満足させられないでいる。そして時代のその立ち遅れを学校制度に背負わせている。<br /><br />国家は学校制度を宗教団体から奪い取り、それを自分にまったく依存させ、そして小学校から大学まで、教育の全施設を国家が必要とする人材を育成する場にしてしまった。だから今日の学校の中には、国家の諸要求が映し出されている。<br /><br />　人びとは「一般的な人間性の育成」について語るけれども、現代人は無意識の中で、あまりにも強く自分を国家秩序に依存させているので、自分たちの言う人間性の育成が、実は国家の必要とする人間の育成なのだ、ということに、まったく気づいていない。』<br /><br /><br /><br />以前、子どもの育成において、国策に沿った育成をせざるを得ない状況下であるというようなことをブログへ書いたが、それは、まさにシュタイナーが指摘している恐ろしい状態なのである。<br /><br />そして、シュタイナーは、学校が経済組織の一分枝である限りは、その学校が立派になりうるはずがないと断言しているのだ。<br /><br />『現在のわれわれにとって大切なのは、学校をまったく自由な精神生活の中に留めておくことである。<br /><br />何を教育したらいいのかは、成長期の子どもたちの個的素質を認識することからのみ見出されねばならない。真の人間学が教育と授業の基礎であらねばならない。<br /><br /><br />「子どもに何を教えたらいいのか、何が現代社会のために役立つのか」問うべきではない。<br /><br />「何がこの子の素質なのか、この子の何を発達させることができるのか」問うべきである。<br /><br />そうすれば、成長しつつある若い世代の新しい力を、社会にその都度導入することができるようになるであろう。』<br /><br /><br /><div style="text-align:right;">続く</div><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
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<title>社会有機体三分節化Ⅲ</title>
<description>宗教・教師・芸術家については次のように述べている。『近代人の宗教生活はまったく自由な精神生活と結びついてこそ、人びとの魂を担うのにふさわしい力を発達させることができる。 精神生活を生み出すだけでなく、受け入れることをも、自由な魂は述べている。教師、芸術家等の社会的地位は立法、行政の在り方に左右されているが、これらの人びとの職業は精神生活そのものから出て、精神生活から発する衝動だけに担われているべきである。一方、彼らの仕事の成果を受け入れる人びとも、労働を強制されることから政治...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T00:27:11+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
宗教・教師・芸術家については次のように述べている。<br /><br />『近代人の宗教生活はまったく自由な精神生活と結びついてこそ、人びとの魂を担うのにふさわしい力を発達させることができる。<br /><br />　精神生活を生み出すだけでなく、受け入れることをも、自由な魂は述べている。<br /><br />教師、芸術家等の社会的地位は立法、行政の在り方に左右されているが、これらの人びとの職業は精神生活そのものから出て、精神生活から発する衝動だけに担われているべきである。<br /><br />一方、彼らの仕事の成果を受け入れる人びとも、労働を強制されることから政治国家によって守られ、かつ精神的財の理解を目覚めさせるには十分な余暇をも法律によって保障されていなければならない。その場合のみ、教師や芸術家たちの仕事に対する感受性を発揮させることが出来る。』<br /><br /><br />私は、この見解を呼んでなるほどなと深く納得した。また、この見解に対して批判的な人々に対しても、これまた痛快で的を得た主張が展開されている。抜粋する。<br /><br /><br />『「実際家」であると自認している人は、このような主張を聞くと、次のように考えるだろう。―――「人間というものは余暇があれば、酒を飲んで過ごしてしまう。国家が学校へ行くことを子どもの自由な選択にまかせたら、文盲の状態へ逆戻りするだろう」。<br /><br />世界はそのような「実際家」の考えるとおりだろうか。そういう「悲観者」には、世界がどうなるか、ただ待ってもらいたいものだ。<br /><br />この種の悲観論者は、自分が余暇をどう過ごしてきたか、自分が少しばかりの「教養」を身につけたとき、何が必要だったかを、貧弱な思い出だけをふりかえって、このような考えにいたったのだ。そのような人は、本当に自由な精神生活を社会の中で送ったことがないので、精神の熱のこもった力を考えることができない。その人たちの知っている拘束された精神生活は、熱のこもった力を発揮したことがないのだ。』<br /><br /><br />如何だろうか。実に痛快な洞察ではないだろうか。自分自身が余暇という自由な時間を過ごす中で、何をして、どのように過ごしたかで、それこそ天と地との差ほど大きなものが生じる。<br /><br />内なる衝動や、探究心、また、より広く深い世界を知ろうと努力する過程では、尽きることない向上が存在するのだ。それが、どれほどの活き活きとした精神生活をもたらすことだろうか！<br /><br /><br /><br />また、シュタイナーは次のように語り続ける。<br /><br />『政治国家も経済生活も、自主管理する精神生活からの働きかけを必要としている。経済生活に必要な教養もまた、経済生活と精神生活との自由な共同作業によってはじめて、十分な内容を得ることができる。<br /><br />ゆたかな精神生活の中でふさわしい準備をしてきた人は、経済生活においても自由な精神力を活用することができるであろう。そこで獲得された経験もまた、精神生活の中へ流れていき、精神生活のために必要な果実を実らせるであろう。そして政治国家の領域でも、必要とされる健全な立場が自由な精神の力によって形成される。』<br /><br /><br /><br />そして、教育、学校は自由な精神生活の中でこの社会理解を促し、それぞれの個的能力を思う存分発揮しようとする衝動を人びとに持たせる社会的役割を持っているとも述べる。<br /><br />『法治国家自身が精神生活を管理したり経済活動をしたりしないですむようになるために、私立の教育活動や独立した経済活動を抑えないようにする必要がある。<br /><br />公立学校の教育や国有の企業活動を今日明日のうちに廃止する必要はないが、国家による学校や企業活動を整理していかなければならない。小さな発端から始めて、次第に大きな規模にまでもっていけばよい。<br /><br />しかしとりわけ必要なのは、本書で主張されている社会理念の正しさを確信できた人が、その理念の普及に協力することである。この理念が理解されれば、現在の状態を弊害のない状態へ転化させる可能性に希望を繋ぐことができる。そしてその希望だけが、本当に健全な社会を発展させることが出来るのである。』<br /><br /><div style="text-align:right;">続く</div><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
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<title>オススメ・スポンサーサイト「HDD 故障」</title>
<description><![CDATA[
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<dc:date>2008-07-20T00:27:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
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<title>社会有機体三分節化Ⅱ</title>
<description>シュタイナーは、社会の指導層は郵便、鉄道などの経済分野を国家の中に取り込んだが、今それを逆の方向に持っていかなければならないと語る。すべての経済活動を政治的国家体制から引き離さなければならないと言うのだ。社会有機体の三分節化についてまとめると、一つは、経済生活。これは、神経と感覚の働きを含んだ組織であり、その働きが集中している主要機関は頭部である為に、頭部系と呼ぶ。二つ目は、公法の生活。これは、呼吸と血液循環、もしくは人体の中でリズミカルな経過を辿るすべての分野であり、律動系...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-19T23:40:04+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
シュタイナーは、社会の指導層は郵便、鉄道などの経済分野を国家の中に取り込んだが、今それを逆の方向に持っていかなければならないと語る。<br />すべての経済活動を政治的国家体制から引き離さなければならないと言うのだ。<br /><br />社会有機体の三分節化についてまとめると、<br /><br />一つは、経済生活。<br />これは、神経と感覚の働きを含んだ組織であり、その働きが集中している主要機関は頭部である為に、頭部系と呼ぶ。<br /><br />二つ目は、公法の生活。<br />これは、呼吸と血液循環、もしくは人体の中でリズミカルな経過を辿るすべての分野であり、律動系と呼ぶ。<br /><br />三つ目は、精神生活。<br />これは、本来の新陳代謝機能に関わるすべての機関活動であり、代謝系と呼ぶ。<br /><br /><br />シュタイナーは次のように述べる。<br /><br />『きわめて近い将来に、人間有機体をこのような観点から考察し、頭部系、循環系（もしくは胸部系）、代謝系の三つが一定の独立した働きをしていること、生体が絶対的な集中化を示しているのではなく、各組織が外界に対してもそれぞれ独自の関係を作っていることを理解するようになるであろう。頭部系は感覚により、循環系は呼吸により、代謝系は栄養器官と運動器官により、人体と外界との関係を保っている。』<br /><br /><div style="text-align:right;">続く</div><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/103198982.html">
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<title>社会有機体三分節化</title>
<description>ルドルフ・シュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本のなかから、幾つかに分けて書いていこうと思う。高橋巌氏の訳者あとがきから、まず抜粋してみたい。―――――――――――――ヨーロッパ社会は第一次大戦後、資本主義的市場経済への道と社会主義的統制経済の道の二つを模索していた。しかしシュタイナーはそのいずれの中にも、癌細胞に犯されている病んだ社会生命体の末期的症状しか見出すことができなかった。一方の資本主義的経済秩序は社会の領域の中に商品だけしか認めようと...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-19T21:00:53+09:00</dc:date>
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ルドルフ・シュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本のなかから、幾つかに分けて書いていこうと思う。<br /><br />高橋巌氏の訳者あとがきから、まず抜粋してみたい。<br /><br /><br /><div style="text-align:center;">―――――――――――――</div><br /><br />ヨーロッパ社会は第一次大戦後、資本主義的市場経済への道と社会主義的統制経済の道の二つを模索していた。<br /><br />しかしシュタイナーはそのいずれの中にも、癌細胞に犯されている病んだ社会生命体の末期的症状しか見出すことができなかった。<br /><br />一方の資本主義的経済秩序は社会の領域の中に商品だけしか認めようとしない。したがってその社会では、人間の労働力も商品としてしか評価されず、そこに込められた人間の思いはすべて商品化され、金銭で評価される。<br /><br />それのみならず、権利もまた金銭による購買の対象にされることによって、生きる権利そのものまでが商品化されるようになる。<br /><br />この人間の尊厳への冒涜のつぐないをつけるには、社会を三分節化して、精神生活、法＝国民生活、経済生活（生活という言葉でシュタイナーは社会のいとなみがすべて生命体の有機的活動なのだということを暗示している）に分けなければならない。<br /><br />そしてすべての労働力が、精神労働も肉体労働も、経済生活ではなく、精神生活に属している、ということも明らかにし、同時に経済生活と法組織との徹底して分離をも追及しなければならない。それを時代の本質的な課題としてうけとめるのでなければ、社会の未来に救いはない。<br /><br /><br /><div style="text-align:center;">―――――――――――――――</div><br /><br /><br /><br /><br />また、シュタイナーは、社会主義的体制にも徹底的な批判を繰り返し、マルクス主義については次のような見解を示していたという。<br /><br /><br /><div style="text-align:center;">―――――――――――――――</div><br /><br /><br />マルクス主義が人間関係を経済組織から切り離そうとする正しい目標を持ちながら、人間精神の自主管理を徹底させる方向ではなく、官僚中心の政治機構の中に人間管理のシステムを組み込む方向に向わざるをえず、その結果信じられぬような人間精神の頽廃を生じさせるであろう、ということを予見していた。<br /><br /><div style="text-align:center;">―――――――――――――</div><br /><br /><br />さて、もうすぐＮＨＫのドラマ「監査法人」が始ってしまうので、ちょっと中断。失礼。<a name="more"></a>

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<title>いじめ~戦い抜くこと</title>
<description>このブログでは、検索ワードが“いじめ”に関するものもしばしば見られる。いじめる側の人間というのは、はっきり言って「くだらない低俗な人格の持ち主」でしかない。つまり、人間として弱いということでもある。そんな人間をまともに相手をしていても時間の無駄でしかないのだが、そうは言っても現実にいじめられている側の人間にとっては深刻極まりないものである。もし、いじめられる側の立場だったらどうするか。戦い抜くしかない。黙っていたり、耐え忍ぶだけでは、いじめはエスカレートする。黙っていたり、耐...</description>
<dc:subject>人間</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-19T20:29:38+09:00</dc:date>
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このブログでは、検索ワードが“いじめ”に関するものもしばしば見られる。<br /><br />いじめる側の人間というのは、はっきり言って「くだらない低俗な人格の持ち主」でしかない。つまり、人間として弱いということでもある。<br />そんな人間をまともに相手をしていても時間の無駄でしかないのだが、そうは言っても現実にいじめられている側の人間にとっては深刻極まりないものである。<br /><br />もし、いじめられる側の立場だったらどうするか。<br /><br />戦い抜くしかない。<br /><br />黙っていたり、耐え忍ぶだけでは、いじめはエスカレートする。黙っていたり、耐え忍ぶだけでは状況は悪化する。<br /><br />今以上に辛くならない為には、徹底的に戦うしかない。人間、捨て身になった時というのは、本当に大きなパワーが出るもの。自殺するぐらいなら、戦った方がはるかにいい。だって、希望の光が確実に存在するのだから。<br /><br />身近に相談できる人がいるなら相談すればいいし、もしいなければ外に探せばいい。相談センター、文科省、市町村ではなく都道府県の教育委員会、ネット等、必ずどこかに突破口を開いてもらえるところがある。<br /><br />自分がどう思われようが、今以上に悪化させない為には捨て身になる覚悟が必要。自分に非がないのなら、徹底的に戦うべきなのだ。<br /><br />四面楚歌の状態を怖れるな。<br />毅然とした強い態度で戦い続けるなら、必ず状況は変化していくものだから。<br /><br />だが、一人だけで悩むのはよくない。手当たり次第、思いつくまま、どんどん話しを持っていくことだ。<br /><br />そして、自分に自身を持つこと。自分だけが自分を最も大切に出来る存在なのだから。自分で自分を裏切ってはならない。<br /><br />戦い抜くこと。それしか道はないし、そうすることが最も有効なことなのだ。<br /><br />また、愛する者がいじめられているとき、やはり捨て身なって守り抜くことだ。行動しかないのだから。<br /><br />だが、人体を傷つけてはならない。それは、犯罪だから。反対に肉体を傷つけられたら、すぐに警察へ被害届を出すことだ。精神的なものは、なかなか犯罪と立証してもらえないが、肉体的なもは犯罪として立証される。<br /><br />戦うことを怖れてはならない。むしろ、戦わないことを怖れるべきだ。<a name="more"></a>

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<title>反映・萌え芽</title>
<description>この土地へ来て１０年目になるが、なぜかよく間違い電話がかかってくる。それも、実にバラエティーにとんでいるのだ。農協、葬儀屋、町長の家、福祉事務所、介護の○○さん・・・・エトセトラ。昨日はスターバックス、今日は○○（現在住んでいる都道府県の名）建設。なんでだろうね。なかには、まったく違う番号というのもあった。でも、ここまで種々様々なものだと、間違い電話も楽しくなるから不思議だ。ああ、それにしてもシュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本。本当にすごすぎ...</description>
<dc:subject>呟き</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-16T23:51:03+09:00</dc:date>
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この土地へ来て１０年目になるが、なぜかよく間違い電話がかかってくる。それも、実にバラエティーにとんでいるのだ。<br /><br />農協、葬儀屋、町長の家、福祉事務所、介護の○○さん・・・・エトセトラ。<br /><br />昨日はスターバックス、今日は○○（現在住んでいる都道府県の名）建設。<br /><br />なんでだろうね。なかには、まったく違う番号というのもあった。でも、ここまで種々様々なものだと、間違い電話も楽しくなるから不思議だ。<br /><br />ああ、それにしてもシュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本。本当にすごすぎる。<br />そして現在の社会の動きが、まさにシュタイナーの見解の萌え芽ではないかと思われることもあるのだ。もう少しで読み終るが、図書館への返却日までに間に合えば、後日、内容について書いてみたいと思う。<br /><br />しかし、このような有益な本が絶版とは悲しいばかりだ。今だからこそ、再版して欲しいと願って止まない。<a name="more"></a>

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<title>教育現場の腐敗</title>
<description>大分県教育委員会における教師の不正採用や昇進問題、そしてそれに伴う賄賂がクローズアップされているが、このようなことは大分県だけではなく、全国のあちこちで昔から囁かれてきたこと。特に、地方では日常茶飯事の如く行われていると思われる。大分県以外の他の都道府県の教育委員会では、きっと今頃は、どうしたら発覚されずに済むのか、万が一漏れた場合には誰に責任を被せるかを必死に検討している最中だろう。そもそも教師の採用を地方採用という狭い枠組みで行っていること自体がおかしいのではないだろうか...</description>
<dc:subject>世相</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-13T12:40:14+09:00</dc:date>
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大分県教育委員会における教師の不正採用や昇進問題、そしてそれに伴う賄賂がクローズアップされているが、このようなことは大分県だけではなく、全国のあちこちで昔から囁かれてきたこと。特に、地方では日常茶飯事の如く行われていると思われる。<br /><br />大分県以外の他の都道府県の教育委員会では、きっと今頃は、どうしたら発覚されずに済むのか、万が一漏れた場合には誰に責任を被せるかを必死に検討している最中だろう。<br /><br />そもそも教師の採用を地方採用という狭い枠組みで行っていること自体がおかしいのではないだろうか。その方式は汚職を蔓延させる。<br /><br />また、まだ記憶にも新しい高校での必須科目の履修問題。それについても、それぞれの都道府県の体質や隠蔽工作が上手い下手、教育委員会の結束度の強さなどによって、だいぶ違った数字がでていたように思われる。<br /><br />どの高校を犠牲にさせるか。たとえば県教育委員会が隠蔽工作が上手く結束力も強ければ、私学が槍玉にあげられたりということもあったのではないだろうか。<br /><br />そして、学校側から生徒達へは内部告発から崩れるから言わないようにと口頭で通告したところもかなりあるように思われる。<br /><br />ただ、あの時の国の対応もお粗末だった。受験を控えている大切な時期に、正直に申告した学校や、槍玉として上げられた学校の生徒達が犠牲になり、隠蔽工作に成功した学校の生徒達はそれを逃れている。そして、勿論、それまでの卒業生は何も問われない。<br />当然、そんなことは分かりきっていることなので、国は生徒達に対してもっと公平な対応策を取るべきだったと思う。<br /><br />また、教育実習は母校や出身地域にある学校で行うと採点が甘くなる為、今度からそれ以外のところで教育実習を行うという方針に決まったようだが、依然として私の住んでいるところでは母校で教育実習を行わせている。<br /><br />まさに、教育現場は汚職の温床。教員の採用にしても昇進にしても、今までのやり方や管轄区域の大改革が早急に求められる。<br /><br />一度、公立小中高の教師を全て解雇して、新たな制度の下に再試験を行い配置して欲しいぐらいである。<br /><br />そして、不正によって採用や昇進をさせてきた事実は、自分たちの子孫も駄目にし、日本、そして世界までも駄目にしたという大きな罪であるという事実。<br /><br />人を教え導く人間たちがしたそのことは、まさに悪の所業以外の何ものでもない。そして、まだ発覚されていなからと隠蔽工作に必死の教育現場の人間達はさらに罪を犯し続けているのだ。<br /><br />早急な大改革が教育現場に求められている。今までの構造システムの大改革をである。<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>精神生活と経済形態</title>
<description>今はシュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本を読みはじめているのだが、彼の洞察力の鋭さに身が凍るような感じだ。まだ冒頭部分しか読んでいないが、少し抜粋してみよう。『科学的思考方式がそれまでの生活秩序の中から取り出せなかったもの、それは科学的思考方式も精神の一種の働きとして、精神世界に根を下ろしている、という意識である。近代的科学性のこの性格について、支配階級は無視してきた。なぜならその生活は古い伝統で充たされていたからである。プロレタリアートはそう...</description>
<dc:subject>人間</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-12T00:33:02+09:00</dc:date>
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今はシュタイナーの「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」という本を読みはじめているのだが、彼の洞察力の鋭さに身が凍るような感じだ。<br /><br />まだ冒頭部分しか読んでいないが、少し抜粋してみよう。<br /><br />『科学的思考方式がそれまでの生活秩序の中から取り出せなかったもの、それは科学的思考方式も精神の一種の働きとして、精神世界に根を下ろしている、という意識である。<br /><br />近代的科学性のこの性格について、支配階級は無視してきた。なぜならその生活は古い伝統で充たされていたからである。<br /><br />プロレタリアートはそうではなかった。彼らの新しい生活状況は、古い伝統を魂から追い出した。支配階級から遺産として受け取った科学的思考方式が、人間存在を考える上での基礎となった。<br /><br />しかし彼らの魂の内なるこの「精神内容」は、自分が本当の精神生活から生じたことについては何も知っていなかった。プロレタリアが支配階級から受け取った唯一の精神生活は、精神からの由来を否定していたのである。』<br /><br /><br />『近代の精神生活は支配階級からプロレタリア的民衆へ移行して行ったが、その際この民衆意識には、精神本来の力が遮断されていたのである。<br /><br />社会問題を解決する力のことを考えるときには、この点をまず前提にしなければならない。この事情が相変わらず生き続けていく限り、人間社会における精神生活の働きは現在と未来の社会要求の前で、その無力さを暴露されなければならないだろう。事実、プロレタリアートの大部分はそれを無力であると確信している。そしてマルクス主義の信奉者はその確信をはっきり公言してはばからない。』<br /><br /><br />『プロレタリアでない人は、自分たちが作り出した近代精神生活のイデオロギー的性格の下で苦しんでいないからである。プロレタリアはその下で苦しんでいる。彼らに伝えられた精神生活のこのイデオロギー的性格が、精神そのものを現実的な力を信じさせようとしないのである。<br /><br />現在の社会状況の混乱から抜け出せる道を見出すためには、この事実を正しく洞察しなければならない。<br /><br />支配階級の影響の下に、近代の経済形態の成立と共に現われた社会秩序によって、このような道への通路が閉ざされてしまった。われわれはそれを開くための力を獲得しなければならない。<br /><br />　精神生活をイデオロギーと見做す社会生活には、社会有機体を生かす力がないということ、この事実の重大な意味を実感できたときはじめて、われわれは現在の自分の思考を変革しようとするであろう。<br /><br />現在の社会有機体は精神生活の無力化に病み苦しんでいる。その病状はこの事態を認めたがらないことによって、ますます悪化する。この事態を認めるときこそ、社会運動にふさわしい思考を発展させるための基礎が獲得できる。<br /><br />　現在、プロレタリアは階級意識について語ることで、魂の原動力に触れたと思っている。しかし本当は、そのプロレタリア自身が資本主義経済秩序の中に組み込まれた魂の要求に応えて、人間の尊厳の意識を与えてくれるような精神生活を求めているのである。<br /><br />イデオロギー的に理解された精神生活では、人間の尊厳を生み出すことができない。<br /><br />プロレタリアはこのような意識を求めてきた。そしてそれが見出せなかったので、経済生活から生まれた階級意識でそれを代償させて北のである。』<br /><br /><br /><br /><br />精神生活をイデオロギー的に捉えるのか、捉えないのかは、それによってまさに雲泥の差が生じる。上に行くか、下に行くかというほどに。<br /><br />そして今もなお、階級意識で代償させるという精神の動きは多くの人びとの中に定着してしまっているのではないだろか。<br /><br />その階級意識は経済生活から生じたもの。経済形態が変われば人間の意識も変わる。だが、いつまでたっても充たされることのない餓えた欲求は、経済を発展させることに必死で、それによってやがていつかは充たされるのだと妄信しているのだ。そして、さらにその中に求め続けている。<br /><br />しかし人間は本当は薄々気付いている。今のこの状態が飢えを充たすことにはなり得ないと。だが、認めたくはないのだ。なぜ？<br /><br />シュタイナーは次のように述べる。<br /><br />『技術と資本主義の時代は彼らに対して、支配階級に対するのとは別の作用を及ぼした。支配階級はまだ魂を生かすことのできる衝動を持ち、それによって生活秩序を形成してきた。近代の為し遂げた成果をこの生活秩序の枠内で受け取ろうとした。<br /><br />プロレタリアの魂はこのような生活秩序から引き離されてきた。この生活秩序は、プロレタリアに対しては、人生は人間にふさわしい内容を持っている、とは感じさせてはくれなかった。<br /><br />科学的思考方式、これだけが人間としての尊厳を感じさせてくれた。それは信仰を目覚めさせる力を持っており、古い生活秩序を超える可能性を与えてくれるように思えた。』<br /><br /><br /><br />時代背景、その根底に流れてきたもの、状況が人間に及ぼしてきた作用を的確に見ることの大切さを痛感するのである。<br /><br />何が、どんなことが人間にとって楽に呼吸できることなのか、そして、そのようになるためには精神生活をイデオロギー的に見ることが正しいことなのか、そこから考えることが必要なのではないだろうか。<br /><br />精神生活というものをどう捉えるかは、ほんとうに経済形態をも変える大きなことのように思えるのである。<a name="more"></a>

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<title>聖別のための祈り</title>
<description>死というものは、やがて誰にでも訪れること。深い悲しみの気持ちは死者が抱くのではなく、まだこの物質界に生きている人間が感じること。そして、その悲しみの感情は、死者の進歩の妨げとなる。死者も霊界で学び、向上したいのである。シュタイナーは述べる。『死者の側から見ると、死の瞬間とは肉体を失った死者に、生命が存続していることを教えるもっとも重要な出来事なのです。死に直面したとき、人は死後にも自我意識が存在するということをはっきりと悟るのです。』最近の記事にも書いたが、「天界からの音楽」...</description>
<dc:subject>神、霊</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-05T16:22:09+09:00</dc:date>
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死というものは、やがて誰にでも訪れること。<br /><br />深い悲しみの気持ちは死者が抱くのではなく、まだこの物質界に生きている人間が感じること。そして、その悲しみの感情は、死者の進歩の妨げとなる。死者も霊界で学び、向上したいのである。<br /><br />シュタイナーは述べる。<br /><br />『死者の側から見ると、死の瞬間とは肉体を失った死者に、生命が存続していることを教えるもっとも重要な出来事なのです。死に直面したとき、人は死後にも自我意識が存在するということをはっきりと悟るのです。』<br /><br />最近の記事にも書いたが、「天界からの音楽」という書は、まさにわれわれに希望と勇気を与えてくれる本でもある。<br /><br />霊界に戻ったジークヴァルトが、この世に生きている家族に伝えた聖別のための祈り。<br /><br />彼は、言う。<br /><br />「あなたたちが悲しみを克服してくれたことによって、わたしの墓には聖別のための偉大な神殿の礎石が据えられました。わたしはいままで以上に親密にあなたたちとともにいることができます。すべては肥沃な大地の上に降りたちました。このことがあなたたちとの意思疎通をさらに容易なものにしてくれるでしょう。<br /><br />あなたたちはみな、ともにわたしとの意思疎通にとりくんでいるので、わたしはすぐにあなたたちを特殊な事柄に導くことができるようになるでしょう。<br /><br />あなたたちは自らの確信をとおして、ある力を作りだしています。あなたたちが確信を抱いているおかげで、わたしは以前には伝えることのできなかった多くの事柄をあなたたちに教えることができるようになりました。」<br /><br /><br />また、ジークヴァルトは言う。<br />死者にとって遺体は重要ではない。大切なのは遺族が死者に向ける、愛情であり、思考であると。<br />遺体以上に価値があるのは、遺体が横たわっている場所で家族達が作り出す思考だけである。<br />また、死者に対する嘆きではなく、高貴な思考だけが死者のための献身の神殿を建てる手伝いになるのだからと。<br /><br />そして、死者のための祈りを唱えるように伝えてきている。それが、『聖別のための祈り』である。<br /><br /><br /><br /><div style="text-align:center;">――――――――――――――――</div><br /><br />世界の主は偉大です<br /><br />主は死者であるあなたを創造し、再びあなたを呼び戻しました<br /><br />ここでわたしは聖別された場所に立ち、<br /><br />主であるあなたに祈りを捧げます<br /><br />すべての物質は消滅し、すべての崇高なものは残ります<br /><br />主であるあなたの翼は広げられ、あなたの子どもを受けとります<br /><br />すべての贖罪は神聖なものとなり、<br /><br />死はたんなる変化にすぎません――そのほかのものはすべて実現しました<br /><br />わたしの父よ、あなたを拝ませてください<br /><br />あなたの意志はすべてのものを包み込みます<br /><br />あなた自身のなかにわたしを受け入れてください<br /><br />あなたのものである天を開いてください<br /><br />ついに時が来ました<br /><br />わたしの神であるあなたは、わたしのすぐそばにいてくださいます<br /><br />あなたがわたしとともにいてくださるとき、死はなんと輝かしいものになるのでしょう<br /><br /><div style="text-align:center;">――――――――――――――――</div><br /><br />※訳注<br />ここで告げられているのは、アストラル界に存在する「聖別の場所」で、死者のために唱えられる祈りの言葉である。二行目の「あなた」とは死者を、四行目以降の「あなた」は主である神をさす。また九行目以降は、この詩を朗誦する者と死者が一体になって、神への祈りを捧げるように語られている。<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/102139165.html">
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<title>翻訳~分身</title>
<description>翻訳。今まで、私は翻訳ということにそれほど重点を置いていなかった。しかし、ここ最近、思うのだ。翻訳は原作を生かすことも殺すことも出来るものだと。私はルドルフ・シュタナーが好きだ。出版されているものは主に高橋巌氏や西川隆範氏の翻訳したものが多いが、本当に素晴らしい翻訳であったが為に、私はすんなりとシュタイナーの見解を受け入れることが出来たのかなと。このシュタイナーの翻訳は難しいと思う。彼の思想・意識・心情など一体となって理解していないと翻訳しきれるものではない。専門用語も多い。...</description>
<dc:subject>呟き</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-04T15:25:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
翻訳。今まで、私は翻訳ということにそれほど重点を置いていなかった。しかし、ここ最近、思うのだ。翻訳は原作を生かすことも殺すことも出来るものだと。<br /><br />私はルドルフ・シュタナーが好きだ。出版されているものは主に高橋巌氏や西川隆範氏の翻訳したものが多いが、本当に素晴らしい翻訳であったが為に、私はすんなりとシュタイナーの見解を受け入れることが出来たのかなと。<br /><br />このシュタイナーの翻訳は難しいと思う。彼の思想・意識・心情など一体となって理解していないと翻訳しきれるものではない。専門用語も多い。訳者が真摯な一求道者として高潔な精神で汲み取って消化しない限り出来るものではないなと。<br /><br />シュタイナーの翻訳は、言語が出来るからといって訳すことが出来るものではないということがつくづく分かったのである。<br /><br />まだシュタイナーに関しては日本語に訳されていないものも多い。少しでも多くのものを読みたい。<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/102138350.html">
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<title>大蛇と本</title>
<description>最近、巨大な大蛇の夢を見た。あまりにも大きすぎて、そのごく一部しか視界には入らなかったのだが。私は大の蛇嫌い。だから、山へ行って何が怖いかというと蛇なのだ。あ、今、思い出したが、去年の今頃、唐招提寺の鑑真和尚の御廟へ行った帰り、その御廟のすぐ近くで一匹の蛇に出会ってしまったっけ。だが、よくしたもので、霊学の探求の中に於いては、しばしば蛇が出てくる。だから、時には絵をまじまじと見なければならない。この蛇嫌いというのは幼い頃からだが、何ゆえ？といつも思うのである。嫌いになるような...</description>
<dc:subject>呟き</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-04T15:08:14+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
最近、巨大な大蛇の夢を見た。あまりにも大きすぎて、そのごく一部しか視界には入らなかったのだが。<br /><br />私は大の蛇嫌い。だから、山へ行って何が怖いかというと蛇なのだ。あ、今、思い出したが、去年の今頃、唐招提寺の鑑真和尚の御廟へ行った帰り、その御廟のすぐ近くで一匹の蛇に出会ってしまったっけ。<br /><br />だが、よくしたもので、霊学の探求の中に於いては、しばしば蛇が出てくる。だから、時には絵をまじまじと見なければならない。この蛇嫌いというのは幼い頃からだが、何ゆえ？といつも思うのである。嫌いになるような事件はこれといって思い当たらないのだが。<br /><br />そうそう、その大蛇の夢を見た直後、記憶から消えていた一冊の本が目に飛び込んできた。<br />Ｔ女史という、教祖まがいのことをやっていた霊能者が書いたケーキブックである。<br /><br />私は料理の本だけは処分したことがない。だから、だいぶ古い本や雑誌や新聞などからの切抜きがある。そこが、盲点であった。<br /><br />私には、Ｔ女史＝蛇というように目に映っていた。だから、宗教関連の無意味な書物をすべて処分した時、記憶に残っていなかったこのＴ女史の本には気がつかなかったのだ。もちろん、料理関連の本を置いてある所にその本もあったわけだが、はっきりいって本通りに作ったものは美味しくなかったので、意識の中から消え去り、それと同時に無意識の内に目にも留めなかったのだろう。<br /><br />まあ、だいたいはどの本も、本通りに作っても美味しくはいかないので、材料の量を加減したり、スパイスを付け加えたりして自分の満足のいく味に仕上げるのだが、そのケーキブックだけは手の施しようがなかった。いや、なかったというより、あまりにも手を加えることや省くことが多すぎて嫌になったという方が適格だろう。とはいっても、人それぞれに味覚は違うので、「私にとっては」という言葉を付け加えるのが正しいようだ。<br /><br />そこで、この本の存在に気がついた私は、さっさと処分した。私にとっては生まれて初めて処分する料理本ということになったのだが。自分に必要ないものは取って置いても無意味。これでこんどこそきれいさっぱり！<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/102034770.html">
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<title>封印</title>
<description>シュタイナーは『封印』ということについて次のよう述べている。（自分勝手な要約ではあるが）封印とは霊的なものであり、強い力を持つものである。なぜなら封印には宇宙全体が組み込まれていて、宇宙の秘密から創られている。そしてそれは、秘儀参入者によって描かれているのである。だから、このような封印に対して正しい観想を通して向かうなら、無限の叡智が開かれる。また、霊的に浄化された場所で、活き活きとした神聖な語らいが行われているところにその封印を掲げるなら、その作用はより深く強いものとなり、...</description>
<dc:subject>神、霊</dc:subject>
<dc:creator>ミューシャ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-02T23:55:42+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
シュタイナーは『封印』ということについて次のよう述べている。（自分勝手な要約ではあるが）<br /><br />封印とは霊的なものであり、強い力を持つものである。なぜなら封印には宇宙全体が組み込まれていて、宇宙の秘密から創られている。そしてそれは、秘儀参入者によって描かれているのである。<br /><br />だから、このような封印に対して正しい観想を通して向かうなら、無限の叡智が開かれる。また、霊的に浄化された場所で、活き活きとした神聖な語らいが行われているところにその封印を掲げるなら、その作用はより深く強いものとなり、人間の魂に最高度の光や啓発をもたらすだろう。<br /><br />だが、反対に、俗っぽい言葉が語られていたり、霊的なことが語られないところに封印を掲げると、マイナス作用が及ぼされる。この場合、肉体組織を破壊する作用が働き、病気を誘発させてしまう。<br /><br />封印とは世俗化されることを嫌うものである。封印とは霊的なものから生まれたものであり、霊的なものの記号は霊的なことが活き活きと語られ、生じる場所に置かれることが、本来の在り方なのである。<br /><br /><br /><br />このように封印について述べているが、これは日本で言う『護符』なども同じことだと思う。<br />畏怖の心を持ち、世俗的なことを一切排除した神聖な言動・精神で向き合うことが如何に必要なことであるかが明確に理解できる。そして己の欲がある限り、それは両刃の剣となる。<br /><br />霊学の探求は、生きるか死ぬかの二者択一なのかも知れない。だが、私は霊学を探求し続ける道を迷うことなく選ぶ。なぜなら、己の欲というものに魅力を感じないからである。<br /><br />私はいつも上を見上げていたい。<a name="more"></a>

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